天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

"I shall go to Korea" 私が韓国に行く。

韓国の放送局の中でこれだけは中立だといえるのがJTBCという局だ。
この局のメインニュースが毎日午後8時からある。
下は、5月28日(月)にあったものを筆者のことばも補いながらご紹介したい。

"I shall go to Korea" 私が韓国に行く。

米国第34代大統領選挙日を十日後に控えた1952年10月24日、
共和党の大統領候補だったドワイトD・アイゼンハワーはそのように言った。
アイゼンハウアーはその年の初めまで、政治には何の経験もない政治の新人だったが、
彼が大統領候補にまで上り詰めることができた背景には、他ならぬ韓国戦争があった。
米国の国民たちは2年以上にわたり続いていた戦争に嫌気がさしていて、
これを察知した共和党およびアイゼンハワーは、
韓国戦争の名誉ある早期終息を実現するために韓国に直接行くと宣言したのである。

彼は選挙で勝利し、大多数の政治評論家たちは、後々、
「選挙はあの夜("I shall go to Korea"と言った日)、すでに終わっていたのだ」という評価を下した。
66年前の出来事である。

「首脳会談は開かれないだろう。気が変わったら連絡してくれ。」
こんな内容の手紙を先週の週末、トランプが金正恩に出していた。
その波動は韓国だけでなく、全世界を震撼させた。この天地をひっくり返すような「振動」は後日、
南・北・米政治史に再度、とんでもなく劇的なページとして飾りたてられるはずだ。

番狂わせに続く番狂わせ、わずか数日の間に、
今後、別の番狂わせが起きたとしてもそれほど驚かないくらいの耐性ができたとでも言おうか。

いわゆる大国大統領の一言一言に韓半島の運命が行ったり来たりはしたのをこの目でしかと見、
彼がまた何を言っているのか彼のツイッターを覗きこまなければならないこの現実...。
しかし考えてみれば、我々はいつもそんな不確実性の時代を生きてきたのであり、
これからの時間もはっきりしたことは何一つないという事実。

66年前、アイゼンハワーが政界に登場する前から始まっていた休戦交渉も、
2年という長い時間の間に160回近くも退屈な会談があったのだ…
古くてぶ厚い壁が一夜にして崩れ去るだろうなどという願いは、
最初から幻想かつロマン的な考えだったのかもしれない。

Go to Korea.
韓国に行って直接戦争を終わらせるつもりだと話したアイゼンハワーのその発言のように、
先週末、韓半島を揺るがしたその主人公たちもまた、我々が望むその場所で会い、
そんなに長くなるかもしれない交渉の時間を少なくともスタートだけはさせたことくらいにはなるのだろうか...。

話したい内容は、実はもう一つある。
アイゼンハワーの発言「Go to Korea」は、
当時アメリカ社会で流行語かつ慣用語になって、次のような意味でも使用されたと云う。
「Go to korea」=曰く「正面から難題と向き合い、突破する」。


きょうのアンカーブリーフィングでした。(ソン・ソッキー アンカー JTBC)

電撃的南北首脳会談

5月26日(土)、電撃的に南北首脳会談が開かれた。
金正恩委員長と文在寅大統領が北側の板門閣にて午後3時から約2時間ほどの対話を行なった。
北の金委員長から25日(金)、南側に要請があったとのこと。
文大統領はフンケイ(望むところと)OKしたという。

さきほど、ここ韓国で27日(日)午前10時から、文大統領が直接登場して
きのうの第二次南北首脳会談についてブリーフィングを行なった。
文大統領直接のブリーフィングのポイントは次のよう。
まず、金委員長は、朝鮮半島における完全な非核化について再度強い意志を示した。
非核化が完成するロードマップについては米との交渉になるため、
これについては文大統領は言及を控えた。
金委員長が一番心配しているのは、北が非核化をしたあかつきに、
米がほんとうに体制の保障と経済支援をしてくれるのかどうかということであった。
この点については、文大統領はトランプ大統領の意思を明確に伝えた。
つまり、北がほんとうに非核化に踏み切るならば、米は必ず体制の保障と経済支援を行なうということを。
そして、6月1日に再度南北首脳会談を行なうこと、
また6月12日の米朝首脳会談のための準備を6月のあたまくらいから米朝で進めていく。
南北は必要があるなら、今回のように格式を抜いてすぐにでも会おうということを約束した。

こういったあたりが、文大統領の報告の内容であった。
トランプがなぜ米朝首脳会談はしないといったのかについては、何の言及もなかった。
キム・ゲガンとかチェ・ソンヒの発言などをうけて、トランプが会談中止宣言をだしたのかもしれないが、
今のところトランプの一旦は「しない」といった動機・原因についてはまだ明確ではない状態だ。
しかし1日後にはまた「やる」用意があるとツイッターに書くなど、
トランプ一流のやり方で国際情勢をハンドリングしている。
27日現在の状況としては、トランプも金委員長も約束の6月12日の米朝首脳会談は
シンガポールで行なう雰囲気ではある。

韓国の野党の韓国党(保守派)のホン・ジュンピョという党首は、
文大統領の成功していく姿を見るのがとてもいやのようで、
ことあるごとにナンクセをつけて、南北および米朝首脳会談が失敗することを願うような発言ばかりしている。
韓国の危機状況ひいては朝鮮半島の危機状況を解決することができるかもしれないという現在において
なんで足をひっぱるような発言ばかりしているのか、その気が知れない。
狂っているとしか思えない。
金正恩のことを狂っていると見ている人間はあまたいるはずだが、
筆者からみたら、金正恩は正常である。
狂っているのはホン・ジュンピョとかそれに順ずる文氏の成功をカタハライタシと感じている連中だ。
当事国である韓国の中にもこういう輩がいるというのは、
情けないことであるけれども、どんな立場でも存在できるという自由の証でもある。

米朝首脳会談中止ということで、一旦は地獄に落ちたような雰囲気だった韓国が
またまた息を吹き返した格好だ。
これから6月12日まではそれほど日数はないが、またどんな変数が生じるとも限らない。
とにかく今のところは、今回の26日の第二次南北首脳会談の成功をはずみに
米朝会談の成功を祈るばかりだ。

地球規模で見ても、今ここ朝鮮半島が熱い。
多くの人の応援が必要なときだ。
日本にいるわたしの友人たちにも、応援の祈りをお願いしている。
多くの友らは、それに応えてくれて成功を祈るというメッセージをわたしに送ってくれている。
うれしいことである。

首領様が人間になった

4月27日(金)午前9時半、板門店の南北境界線をまたいで南の文大統領と北の首領様(金正恩委員長)が歴史的な握手をかわした。

1代目の金日成のときも、2代目の金正日のときも南北首脳の出会いはあったが、
今回のは、これまでのそれとはかなり趣きを異にしている。
北が本気で核の放棄を模索していることがはっきりした。
午後散歩しながらの二人だけの対話は、マイクも付き人もなく
本当の「ただの二人」だけの会談だっただけに、どんな話が30分もの間かわされたのか気になるところだ。
二日目の4月28日になっても、あのときの会談の内容はあかされてはいない。
夕方の「板門店宣言」においては、二人の首脳はまず抱擁して宣言発表までこぎつけたことを祝いあった。
晩餐会には金正恩の妻であるリ・ソルチュも合流し、ファーストレディーとしての役割を十二分に果たした。

9月の文大統領の平壤(ピョンヤン)訪問が決まり、
開城(ケソン)に合同連絡事務所を設置することも決まり、
8月15日に離散家族の出会いの行事も合意に達した。
3年前に朴・クネの一声で閉鎖になった開城の工業団地の再開も射程に入れられた状況だ。

非核化の具体的な内容は盛り込まれなかった。
ただし朝鮮半島における非核化という点では双方合意に達していることを忘れてはいけない。
具体的な内容は、米朝首脳会談においてはじめて明確化されることだろう。

4月27日(金曜日)は、筆者の大学の授業も9時からあったのだが、
出席をとったあとはネットでの首脳会談の放送をずっと見っぱなしだった。
小学校の授業も韓国の大部分のところは午前中はずっとテレビ放送を見ていたようだ。
去年の暮れまでは北の首領様は、なにかにつけて「南のソウルを火の海にしてやるぞ」と脅していた。
あれから4ヵ月でこうも変わるのかと不思議な気持ちにもなってしまう。
保守勢力は、これは政治ショーにすぎないから信じてはいけないとやんや騒いでいるけれど、
単なる政治ショーのレベルでないことだけは確かだ。
すでに4月28日の段階で北の住民にも政府機関紙が南での報道内容とほぼ同一の内容を伝えている。
非核化ということばも登場している。
北の住民にとっては、あれほどまで一生懸命「核作り」に余念のなかった首領様が、
なんでいきなり非核化などと言い出すのか理解できないという向きもあろうかと思う。
しかし誰あろうあの首領様のおことばだ。命よりも大事な人のことばだ。
聴いた瞬間腹の底まで信じたであろうことは疑いの余地もない。
南と北の統一の絵までもうっすらと見えるような一日だった。

4月29日には、金正恩がさらに追加の発表をした。

豊渓里の核施設を5月中に閉鎖することと、
平壤(ピョンヤン)時間をソウル時間に合わせるということ。

核施設の閉鎖は韓国と米国の専門家および監視団を招いて直接見てもらう。

また時間ついては、2015年ごろに北朝鮮が突然、
それまで使っていた韓国と同じ時間(それは日本の標準時である)を30分遅らせた「北朝鮮時間」を使うと一方的に発表した。
それ以来、北の時間は南の時間より30分遅れた時間となっていた。

文大統領と握手し板門店宣言に署名したあの建物に入ったとき、
右には韓国時間を示す時計が、左には北朝鮮時間を示す時計がかけられていた。
それを見た金正恩は、すぐには誰にも言わなかったが、「とても胸が痛かった」ということだ。
きょう4月29日の発表によると、

「北朝鮮が一方的に30分遅らせていたものだから、平壤の時間を30分また早め、ソウルと同じ時間を使うことにした」

ということ。
一つ一つになんくせをつけてきた北朝鮮。
今、その態度は180度変化した。
一つ一つ正常の形に戻そうとしている。

金正恩の内部に本気で核をなくし南となかよくやっていこうとする気持ちが芽生えていることは間違いない。
北の時間については筆者もよく知っていて、
30分のずれをもったまま当分の間はやっていくんだろうなと思っていたら、
会談終了後2日目にして時間を「南」に合わせると言って来た。
こんな奇跡がおこってもいいのか。
いよいよ、米朝首脳会談が期待されるものとなった。

嘘ばかりついてきた北だけど、今は信じてやろうじゃないか。日本人拉致被害者の解放にもプラスのベクトルとなるはずだ。
文大統領と握手したあの顔は、嘘に固められたこれまでの北の首領様の顔ではない。
人間になった首領様つまり国務委員長の顔である。

イギリスのノーベル賞(平和賞)を占うオッズが、金正恩が一番人気で1.7倍と出ているという。
オッズは数字が小さいほど人気が高いことを意味する。
今、金正恩はぶっちぎりの一番人気馬である。

統一といえば、韓国におもしろい「予言」がある。
1975年ごろのこと。
一人の高僧があった。タンホ(1913~1983)という和尚さん。韓国仏教界でもかなり有名な僧だった。
この人が、忠清北道・提川(チュンチョンブクト・ジェチョン)と忠州の間にある月岳山(ウォルアクサン)の
麓に位置する徳周寺(ドクジュサ)で予言を行なった。予言の内容とは、
「月岳山の上に月が出て、月影が水に映ってから30年後に女性の大統領が現れる。
女性大統領が出てから3、4年後に朝鮮半島は統一する」
というものだった。

ところが、その当時この予言は誰にも顧みられない予言だった。
というのは月岳山の上に月は常に昇るのだが、月影が映るような川も湖もなかったからだ。海もないのだ。
忠清北道というところは韓国で海のない唯一のド(道)である。
ところが1983年ごろ、提川(ジェチョン)に提川ダムの建設が決まりすぐにダムができることになる。
ダムができてみると月岳山の上にのぼったお月様がダムにきれいに映るのだった。
それから30年後というと2013年だが、この年になんと朴・クネが大統領となる。
女性第一号の大統領だった。
残念ながら今は国政壟断の件で刑務所暮らしの状態だ。
2017年の3月10日に弾劾裁判にて弾劾され大統領職からいきなり前科者の身分となった。
2017年を基準にして3から4年後というと、2020年から2021年ごろとなる。
タンホ僧侶の徳周寺予言がなんとなく真実となるのではないかと思わせる27日の抱擁であった。

【さようなら原発 米沢のつどい (第52回)】


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Good-bye,NukeS !

さようなら原発 米沢のつどい (第52回)


中村敦夫 朗読劇  「線量計が鳴る」 

「さようなら原発米沢」の4月公演のご案内です。
中村敦夫さん(俳優、作家、元参議院議員)は、“木枯らし紋次郎”で私達の記憶に残ってます。

・2018年4月28日 午後2時。
・(於)置賜総合文化センター  1500円



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過去100年の中で一番重要な時

いよいよ今週の金曜日(27日)、南北首脳会談が開かれる。
南北の首脳同士ががん首をそろえて会談するという光景はこれまでもあった。
が、今回のそれはこれまでのものとはかなり位相がちがう。

金正恩が本気で核や戦争からの脱却を考えているのではないかと思われるからだ。

いままでなら、そんなことはなかった。
金日成のときも金正日のときも北が本気で大向こうと会談に臨むなんてことはなかった。
甘い汁を吸うためのジェスチャーに過ぎなかった。
特に金正日のときは、ひどかった。
2000年だったか、南の金大中と会って大いなる「和平」ムードを作り上げ、
これがもとで金大中はノーベル平和賞をもらうこととなった。
さらに2007年ごろだったか、ノ・ムヒョンと会ってさらに「平和・和平」ムードを盛り上げ、
六者会談などを何度も開いたものの、その裏でぬくぬくと核開発に余念がなかった。
その点金正恩は素直というかそのままというか、親の金正日を引き継いで核開発をやっていたころは、
大向こうを相手に完全な対決姿勢をもろに出し、ソウルを火の海にしてやるぞとかアメリカまで核をぶち込めるんだとか
ソウル市民やアメリカ国民の金玉を縮み上がらせるような過激な発言ばかりをやっていた。
心の中から核でやっつけてやると思っていたからだろうと思われる。
それが今年の年初の演説から変わり始めていた。
ピョンチャン五輪に選手を送る考えがあると発言したあたりから変化は現れ始めていたわけだ。
でもあの時はまだ、
世界のだれもが、またジェスチャーばっかやって、と思っていたはずだ。
ところがその後の流れが今日まで続いていて、それは非常に友好と温和の流れだ。
都合の悪い幹部らをバズーカ砲で肉片もないくらいに木っ端微塵にしてしまったという噂が
なにか全然別の人間のことなのかと思わせるような変わりようだ。
韓国の中には勿論慎重論も出てはいるけれど、
今の流れを素直に受け止めているムードが大勢を占めている。
北の首領様と南の大統領を結ぶホットライン(電話)も開通しており、
実際の会話はたぶん明日月曜日あたりになるんじゃないかといわれている。
韓国内では、#meToo報道が毎日あることはあるのだが、
最近はどうもそういうちまちました問題はどうでもいい、もっと大切なこと、
朝鮮半島情勢がどうなるかといったテレビ番組が多くなっている。
今週、いよいよ南北首脳会談が開かれる。
その結果によって今後の米朝首脳会談、そしてほんとの非核化への青写真が見えてくるかどうかが
わかってくるだろう。
朝鮮半島は、過去100年の中で一番重要な時期を迎えている。
この時期にここに住んでいられることの奇跡を日々感じている。

北の故郷の平壌(ピョンヤン)の地を一度踏んでみたいと語っていたおじいさんのことが思い出される。
平安北道定州の地を踏み、家族や親戚と会いたいと言っていたおばあさんのことが思い出される。
今まだ数万の人が、北の故郷の地を踏めずにいる。
筆者の周りにもそういったお年寄りの方がゴマンといらっしゃる。
まずはこうした人々が自分の生まれ故郷の地をその足で踏めるようにしてあげることから
事態は動いていくように思う。
偶然のきっかけで会ったあの平壌出身のおじいさん。
あと3、4年がんばって生きていたら生涯の願いも叶えられたであろうに。
運命というものの断固たる冷厳性が、ひしひしと感じられてくる今夜だ。

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プロフィール

treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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