天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

日本の町 _ 釜山サムライエッセイ0006

釜山サムライさんは韓国の方でわが友。
居場所は釜山。
美しいヘウンデ(海雲臺)に暮らしながら、
日本語や日本のことについて、独自のエッセイを展開中。
今回はその第六号です。お楽しみください。


<日本の町>

暑い太陽が照りつける真夏の午後。
ここは釜山。

車に乗って、海雲台(ヘウンデ)から東海南部線に沿ってつづく海岸道路を走る。
海岸を挟んで走るコースの真っ青な海の風景が、いかに美しいことか。
左側は鬱蒼たる緑色の山林、右側は海。このコースは韓国でも指折りの絶景だ。
海岸にまき散されている小さい岩、大きい岩たち。
彼らはその場が自分の場でもあるかのように、でんと据えている。

自然も自らこのように自分をうつくしく表わそうとする姿が、まさに見応えがある。
万物の霊長といわれる人間も、自分のみならず身の回りもきれいにしていけば、
自然のように香りを発散することができるのではないかと思います。

私は幼いころからの性格というか、、まあ、今もおなじですけど、、
軍隊での生活がもしかすると私には合っているのではないかと思ってきました。
軍隊というところは、回りのすべてがきちんと整理整頓されているのが性に合っています。
身の回りのものが散らかっていたら、なんとなく精神までも散らかっているようです。

先だっても書きましたが、家の娘が日本で留学していたころ、
娘が自炊するところ(神奈川県川崎市麻生区)で何日間か泊まったことがあります。

娘が学校へ行った後、町の見物でもしようと、近所に出かけました。
家の前にある踏み切りを通り過ぎ、もうすこし遡って行くと田舎の趣きが感じられる風景が
広がっていました。

土の色が黒色で、滋養分が十分含まれた土地のように見受けられました。
何をするところかは分からないけど、
本当にきれいに手入れされているのを見て微笑ましい気持になりました。
私のものではありませんけどね。。。

家のほうに戻って来ながら、ちらっと振り返って見たら

○○土地模範地区"

という看板が見えました。
家の回りをぶらぶらと歩いていると
幅が8~10メートルくらいの河川(鶴川)がありました。

しばらく立って見下ろしていたら、何かが動いているのが見えたので、
じっと見つめていたら黒色の大きな鯉でした。
その一帯へ目をまわしたら、これが、なんと、1~2匹ではなく数十匹いたんです。

"なんだ、これ、鯉がなぜここにいる?"。

しばらくあれこれ考えているとふとこんな考えが浮かびました。

"あ~これは河川を浄化するため鯉を放流したのであろう"と。

観賞用として、また河川を浄化するため、一石二鳥の効果を出す、
まさにすばらしい構想だという思いがふっと湧きました。

ところが、これが韓国だったらあの鯉。真夜中にきっと悲惨な目にあうだろうな。。^^

あたりを一回りしてから家へ向っててくてく歩いていた時、
前から誰かが周囲をきょろきょろ見回しながら、
何かを拾ってはビニール袋に入れているのが目に入りました。

それで、私のほうに来るまでしばし待ちました。
近くまで来ました。見ると60代後半のお婆さんでした。

「お婆さん、今、何を拾っていられますか」って聞いてみたところ、

「うん、何でもないわよ。私、この町に住んでいるの。

毎日、運動がてら歩いてるんだけど、ゴミが見えれば拾うんですよ。」と答え、
またそのまま歩いて行きました。

いまでもあの時、にこにこ微笑みをうかべたあのお婆さんのことが思い出されます。

そして、一般の住宅を見るとほどんどの住宅が一階建ての家で、
白い木柵で囲まれていて、
だいたい何本かの木が植えられていて見た感じもとてもいいものでした。
その後でも何か所かの町をぶらぶら見て回りましたが、
全体的に落ち着いていてきれいなのが、日本の町だなという印象を受けました。
人と永遠にともにある自然を大事にするのは、言うまでもなく当然のことです。

"流れる小川から石を一つ取り除ければ、その小川はすでに生命を失ったものだ"

以前どこかで読んだ本の言葉が、もう一度思い浮かびます。

ところで、あの時出会った名もない鯉たち。今も元気でいるかな~~^^


<일본 마을>
뜨거운 태양이 내려 쬐는 한여름의 오후.
여기는 부산입니다. 차를 타고 해운대에서 동해남부선을 따라 연결되어 있는
해안도로를 달린다.
해안을 끼고 달리는 코스로 시퍼런 바다의 풍경이 정말로 아름답다.
좌측은 짙은 녹색의 산림, 우측은 바다. 이 코스는 한국에서도 손꼽히는 절경입니다.
해안에 흩어져 있는 작고 큰 바위도 그 자리가 자신의 자리인양 떡 하고 자리잡고 있다.

자연도 스스로 이 처럼 자신을 아름답게 나타내는 것이 정말로 보기에도 좋다.
만물의 영장이라고 하는 사람도 자신뿐만 아니라 주위를 깨끗하게 하면 자연처럼
향기을 내는 것이 가능치 않을까 하고 생각 합니다.

나는 어릴 적부터 성격이라고 할까.. 지금도 마찬가지 이지만..
군대에서의 생활이 어쩌면 나에게 맞을것 같다는 생각을 해왔습니다.
군대라는 곳은 주위의 모든 것이 깨끗하게 정리정돈되어 있는 것이 마음에 듭니다.
주위의 것들이 흐트러져 있으면 왠지 모르게 정신 마저도 흩트러져 있는것 같습니다..

일전에도 적었습니다만 우리집 딸이 일본에서 유학하고 있을때 자취하는 곳에서
(가나가와현,가와사키시,아사오구)
며칠간 머무른 일이 있습니다.

딸이 학교에 간후 집 근처로 마을 구경을 하러 나갔습니다.
집 앞에 있는 건널목을 지나서 조금 올라가면 시골의 정취를 느낄 수 있는
풍경이 펼쳐져 있었습니다.

땅의 색깔이 검은색으로 자양분이 충분히 함유된 땅으로 보여졌습니다.
무엇을 하는 곳인지 모르겠지만 정말로 깨끗하게 손질을 한 것을 보고 흐뭇한
기분이 되었습니다.
내 것도 아닌데도 말입니다...

집쪽으로 내려오면서 힐끗 뒤돌아 봤더니 “00토지 시범지구”라는 간판이 보였습니다.
집 주위를 어슬렁 거리고 걷고 있었더니 폭이 8~10미터 정도의 하천(쯔루가와)이 있었습니다.
잠시 서서 밑을 내려다 봤더니 뭔가 움직이고 있는 것이 있어서
응시하였더니 검은색의 큰 잉어였습니다.

그 주위로 눈을 돌렸더니, 이것이 말입니다... 1~2마리가 아니고 수십 마리가 있었습니다.

“이게 뭐지~ 잉어가 왜 여기에 있지?” 한참동안 의아스러운 생각이 들었습니다.

“아~이건 하천을 정화시키기 위해 잉어를 방류한 것이겠지..”라고 생각했습니다.

사람을 위한 관상용으로,그리고 하천을 정화시키기 위한,일석이조의 효과를 내는
정말로 훌륭한 구상이라는 생각이 문득 들었습니다.

그런데,, 여기가 한국이었으면 이 잉어.. 한밤중에 분명히 험한 꼴을 당했겠지~^^

한번 돌아보고 나서 집으로 향해 터벅터벅 걷고 있을때 앞에서 누군가가 주위를
두리번 두리번 거리면서 뭔가를 주워서 비닐봉투에 넣는 것이 눈에 띄었습니다.
그래서 내쪽으로 올때까지 잠시 기다렸습니다.

가깝게 온 사람을 봤더니 60대 후반에 할머니였습니다.

“할머니! 지금 무엇을 줍고 계셨습니까? ”라고 물어 봤더니
“응,, 아무것도 아닙니다.. 나는 이 동네에 살고 있어요...

매일 운동을 겸해서 걷고 있는데 쓰레기가 보이면 줍습니다.“ 라고
대답을 남기고 발걸음을 옮겼습니다.
지금도 그때의 생글생글 미소를 보였던 그 할머니가 생각이 납니다.

그리고, 일반의 주택을 보면 거의 모든 주택이 1층의 집으로 하얀 나무 울타리로 둘러 싸여있고,
대부분 몇그루의 나무가 심겨져 있어 보기에도 좋았습니다.

그 후에도 몇군데의 마을을 돌아 보았읍니다만,
전반적으로 차분하고 깨끗한 것이 일본의 마을이라고 하는 인상을 받았습니다.

사람과 영원히 함께 하는 자연을 중요하게 여기는 것은 말할 것도 없이 당연한 것이겠지요.

-흐르는 개울에서 돌을 치워 버리면, 그 개울은 이미 생명을 잃어버린 것이다-

이전에 읽은 적이 있는 책에서의 말이 다시 한번 생각이 떠오릅니다.

그나저나, 그때 마주쳤던 이름도 모를 잉어는 지금도 건강히 잘 있는지?

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コメント

日本の鯉料理

釜山さむらい様、よく分かりました。
ところで、日本では、川の下流域にある川魚料理店には鯉料理がたいていあります。
主に「鯉のあらい(洗い)」です。鯉の刺身で、冷水で洗ったもの(これを「絞める(しめる)」と言いますが)を酢味噌で食べるのです。
小生はあまり好みではありませんが、ナマズ料理を頼んだりすると付いてくることがあります。
なお、ナマズはウナギと同じ焼き方=蒲焼(かばやき)で、脂が少なく魚臭さが若干あり、珍味です。小生の大好物。
この「鯉のあらい」に使う鯉は、川の下流域で捕ったりしたものを大きな池で養殖したりしていますので安全ですが、市街地で捕った鯉は「鯉のあらい」にして食べようという気にはとてもなれませんね。
鯉料理のもう一つは「鯉こく」で、味噌で煮込んだものです。めったに食べたことはないのですが、これなら市街地で捕った鯉であっても、小生なら気にせず食べることができます。
ついでながら、河口付近に棲む魚「ハゼ」は、川底のかなり汚い泥(ヘドロ)の上に張り付いているのですが、簡単に釣れる魚の中ではこれほどうまい魚はないです。てんぷらが一番ですが、大きいものは刺身にして食べます。この刺身も飛び切りうまいです。小生、年に1回(10月)に釣りに行きます。
ハゼは市街地を流れ下った川の河口にたくさんいますし、東京湾にもいます。そうであっても、ハゼは安心して刺身で食べられるから不思議なものです。

鯉を刺身で食べる?。。

永築當果さんは、薬についてよくご存知の方だと知っています。
"まかり間違ったら、たいへんなことになる"というのは
海水魚でもない淡水魚、それも住宅近くの汚い河川で棲んでいる魚を
むやみに刺身で食べたとき病気ができることがある。。
腹痛とか下痢とか、食中毒、さらに肝臓ジストマのような重い症状が生じる
恐れがあるとのことです。。。^^

冗談がきつい

天安さんと釜山さむらいさんのコメントを見て安心しました。
韓国の方も鯉泥棒はされないと知って。
日本人同士、韓国人同士であれば、冗談は冗談として受け止められるのですが、日本人(小生)が韓国人(釜山さむらいさん)の文章を読んだとき、まさか冗談が入っているとは思いません。小生だけかもしれませんが…
冗談がきつい、となります。
でも、冗談と分かりましたので、安心しました。
ところで、「まかり間違ったら、たいへんなことになる」の意味は何でしょう?

鯉は棲んでいません。

永築當果さん~
つまらにい文章を読んでいただいてありがとうございます。
上の文はやや冗談混じて書いたものです。
こちら韓国では日本のように町を通す河川では鯉は棲んでいません。
以前から、私の考えも日本のように河川に鯉を放流したらいいではないかと
思ってきましたが。。どういう訳かそういうことはまだ見られません。
もしかして、河川に鯉が棲んでいたとしても鯉をとって食べる人はいないでしょう。。
まかり間違ったら、たいへんなことになるからです。。

サムライさんは、多少の冗談をこめて書いてますよね。
特にここ数年は韓国のモラルも大きく向上しています。
たぶん鯉が放流されていても「悲惨」な目にあう鯉は
いまはほとんどいないかと思います。

鯉泥棒か魚捕りか

日本の都市河川には鯉(主として錦鯉)が放流されている所が多く、女房の実家の直ぐ前の河川もそうでした。
実家へ行ったときは、まず泳いでいる鯉を見る。目を楽しませていただく。いつもそうしていました。
もう20年以上前のことですが、あるとき、数が減り、次には見当たらなくなり、寂しい思いをさせられました。
聞くところによると、日本に出稼ぎに来ている中国人が鯉泥棒したとのこと。
こうしたことは、各地で起きているようです。その後も。
彼らにとっては、誰の物でもない川に誰の物でもない魚が泳いでいるのだから、魚捕りしてなぜ悪い、考えるのでしょう。
文化の違いは恐ろしいものですが、韓国も同じ文化なのですね。少々寂しい思いがします。

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Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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