天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

ボシンタン _ 筆者のエッセイ0012

米沢のスタミナ料理と言えば、米沢牛三〇〇グラムのステーキだろうか。

親友K 氏の家で、三〇〇グラムのステーキを一〇個ぐらい買ってきて、同僚らといっしょに
ジュウジュウ焼いて食べた記憶が今もありありと目に浮かぶ。んまがったなあ。

ところで、韓国の栄養料理と言えばボシンタン。ボシンタンは漢字で書けば「補身湯」となって、体に栄養をつけ補強するための食べ物である。韓国では犬の肉を料理したものをこのように呼んでいる。日本では馬の肉を食べるが、韓国では馬の肉はふつう食べない。馬肉を食べると言うとみなちょっと驚く。国によって習慣がちがい、食べ物もちがうのは言うまでもない。だから犬を食べるということについてなんら偏見はなかった。しかし自分が犬を食べるとなると、ことはちょっとちがってくる。やはりあの可愛い目をした犬を食べると思うと、どうしても口がついてゆかないのだ。これは子供のころからの習慣で、犬は見るだけにしていたということが大きく作用しているのであろう。他人が食べるのにどうのこうの言うわけではないが、自分が食べるとなるとやはり拒否感がある。

そんなある日、それは土曜日だったような気がする。暑い盛りだった。うちのお昼ごはんで「ユ
ッケジャン」が出た。ユッケジャンはわたしの好物の一つだ。牛肉の辛煮とでもいったらいいだ
ろうか。

  「おっ、きょうはユッケジャンか。いいね」とわたし。
  「時間かかったのよ」と妻。

そうか、苦労して作ってくれたんだな。それじゃ、おいしく食べてあげようじゃないか、ということでその赤黒い汁を口に運んだ。いつも食い付けているユッケジャンの味とはなんとなくちがうような気がしたが、料理はいつも必ずしも同じ味とは限らない。どんな野菜が使われているのか、唐辛子をどのぐらい入れてあるか、煮込みの時間はどうか、などによって味はその都度ちがってくるはずだ。つべこべ言わずとにかくおいしそうに食べよう。それが妻に対する礼儀だ。実際、まずくはないのだし。

 「うまいね。でもなんとなくいつもの味とはちがうような気もするけど、、、」

などといいながら無事昼御飯は終わった。夕ごはんの時間になった。そのユッケジャンがまた出てきた。いやあ、これはまいったな。まずくはないけどまたかよ。そんな気持ちだった。気持ち的にブレーキのかかる感じがあったからかもしれないが、なんとなく生臭い感じが口の中に蘇ってきた。

 「ユッケジャンか。食べられないことはないんだけど、なんとなく生臭いような気がして、昼も晩も続けて食べるのはちょっと気がひけるけどな。」

とわたしは思わず言ってしまった。すると彼女、言いにくそうにしながら、

 「あれ、実はボシンタンだったのよ」

と、のたもうた。えーっ!!!。犬の顔が脳裏に浮かんでは消える。口の中でもがく犬の気配がする。これはたまらん。とうとう食べてしまったか。犬を。そんな気持ちだった。妻は体にいいからと近くの店に行ってボシンタンの原料となる食材を買ってきて、家で料理して出したわけだが、なんとなく生臭さは残っていたんだ。わたしは完全にその気になって(つまりユッケジャンのつもりで)食べていたから、気づく方がおかしいくらいだったんだが、この口は味に対してまだ老化してはいなかった。やっぱ犬だったんだ。とうとう犬を食べたか。処女を奪われたような気持ち、といったらわかりやすいだろうか。心にもなく純潔を奪われたような気分だった。あきれて怒る気にもならなかった。家族みんないっしょに食べたのだが、妻と娘は平気だ。わたしのそばで笑っている。「オレの味覚もまだけっこういけてるね」などとうそぶきながら、「処女喪失」事件は一件落着となった。


(※) ボシンタン: 本来は「ケジャンクク」つまり「犬鍋」と呼ばれていたが、一九八八年のソウルオリンピックのときに、犬を食べることをカムフラージュする意味で、「補身湯」(ボシンタン)、「栄養湯」(ヨンヤンタン)、「四節湯」(サチョルタン)などと呼ばれるようになった。夏に多く食される。女性もけっこう好きな人がいるようだ。犬の一物がまた美味という。人間の肉と犬の肉とは成分が似ているために即栄養となるといわれている。一方馬の肉はヂェヂュド(済州島)では食べるそうであるが、普通の韓国人は馬の肉は食べない。「馬肉を食べる」と言うと、「うわあ、野蛮だな」といった目で見るのである。 

                                                                                          『おしょうしな韓国』より)
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コメント

どろんこさん、おはようございます。

「補身湯」(ボシンタン)は「四節湯」(サチョルタン)などとも呼ばれるように、四季折々、いつでも食す人がいます。
夏に多いかな、ってかんじですね。
でも、どろんこさんのアドバイスにあるように、本来は「春」がいちばん合うということですね。おもしろいです。これ、周りの韓国の友達にも話して見ます。

バーソさん、おはようございます。

「武蔵」の語源のお話、楽しく読ませてもらいました。
韓国語のことも書いてありましたので、
今、ちょっと調べているところです。
語源は、難しいですよね。

犬肉食いは日本にもありました

小生も、同様に犬肉はちょっと喉を通りそうにないです。
でも、犬肉食いは日本にもありました。
それも、徳川五代将軍綱吉が発布した生類憐れみ令の下でも、庶民は犬を殺して食べたことがあったようです。
「薬を食う」と称して。
漢方五行論では、内蔵を養う肉の代表として、犬、羊、牛、鶏、猪が登場します。
それぞれ、肝、心、脾(胃)、肺、腎を養うものとされ、犬肉は肝臓の滋養になるとされています。
ですから、犬肉は薬なので、犬肉を薬と偽って食べれば許されようというものです。
犬に限定しないのですが、仏教思想の強かった江戸時代において、獣肉を薬と偽って食べたのは、ごく普通のことであったようです。
小林一茶に次の俳句があります。
「行く人を 皿でまねくや 薬食い」
ここで言う薬は正しく獣肉です。「薬食い」は冬の季語とされていますから、他にも多くの俳人が「薬食い」を入れた俳句を作っていたことでしょう。
そして、冬の季語となれば、五行論からして、冬は、腎、猪となりますから、猪鍋を皆でやり、通りかかった人を招いて「腎臓の薬、食ってけ!」となったことでしょう。
春は、肝、犬となりますから、立春すぎたら、臭み抜き香辛料として春の七草「ふきのとう」でも入れて「補身湯」を食されるといいと思うのですが、韓国では夏に食すというのは五行論からして、これは誤りで、夏は羊でなきゃいかんのですが。ここのところは不思議です。
それにしても、オリンピックがために漢方処方めいた「補身湯」と名付けたのは実に面白いですね。江戸時代の日本人庶民と同様に、いいセンスの持ち主が韓国庶民にも、お有りだ。

こんにちはー

>心にもなく純潔を奪われたような気分だった
ははは・・・この比喩とこの直前の比喩、なかなかいいですね。
愛着のあるペットという概念があると、やはりそうなるのですか。
犬食は農村的社会で好まれ、牧畜的社会では忌まれるそうですが、
猫食だと、なんだか後で、うらめしやにゃあと出てきそうですね。(笑)

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Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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