天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

憎いやつに餅をもう一つやる

お医者さんが書いた文章をご紹介します。
韓国のことわざに「憎いやつに餅をもう一つやる」というのがあり、
これをもとに書かれた文章です。


♦ここから引用♦

人間関係で一番難しいのは多分憎たらしい人との関係だ。
振る舞いが気に入らない憎たらしい人を生涯避けられれば、世の中に何の心配ごとがあろう。
目障りな人は見ることなく、気に入ったきれいな人だけを見ながら暮すことができるなら、それが多分天国だろう。

しかし、現実はそうではない。
他人なら会わなきゃいいとしても親子間や夫婦の間では、顔を合わせずにはいかない。他人だとしても退けることは容易ではない。どうすることもできないケースが大半だ。職場の上司とか、同じ宗教に属している場合、会いたくなくてもじっと我慢しなければならない。相手に露骨に嫌な顔をしては、逆風に見舞われかねないからだ。

韓国のことわざに

「憎いやつに餅をもう一つやる」

という言葉がある。

憎らしい人ほど、より上手に対してあげて喜ばせてあげなければ(点数を稼がなければ)ならないという話だ。

私が憎めば、相手もこちらの心を知って自分を憎むようになる。そうなるとこっちに復讐したり、仇をかえすなんてこともありうる。だから後々問題が生じないよう、作戦をうまく立てて上手に対さねばならない。

昔、意地悪な姑のためにファッビョン(癇癪、心の病気)が生じ、どうにもならない嫁がいた。良く当たるという占い師を訪れて、「憎らしい」姑を殺す方法を聞いた。占い師は、姑が一番好きな食べ物を百日の間やってあげれば、憎い姑の顔を再び見ることはないだろうと言った。

嫁は上機嫌で、餅を熱心に作ってあげた。
一か月経ち、二か月経つうち、姑は、餅を出してくれる嫁がありがたくなった。村の人々にもしきりに嫁を褒め称えた。お嫁さんも姑と仲がよくなった。結局、嫁が「憎んでいた」その姑は、本当に見られなくなったわけだ。これ以上憎まないようになったから。

この話は憎らしい人と対する知恵を教えてくれる。
誰かが憎くなったら、まず、自分が一番辛い。
そのとき、相手が必要とすることを目をつぶって百度だけしてやれば、
愛によって憎しみを消せるという話だ。

だがこの話は実は最近の世の中には合わない。
現代の嫁たちは、まず餅を100日も準備することはしない。
見たくなければそのまま見なければいいから。
もちろん姑が子どもの「」をしたり、生活費を支援する場合は例外だ。

診療室でもここ数年、姑のためにファッビョンにかかってしまった嫁は殆ど見ていない。
その代わり、嫁のためにファッビョンになった姑はたくさん見た。

ところでもし姑が餅を食べながら、誉めるどころか小言ばかり言い続けていたらどうなっただろうか。徳を積んでいけば、相手も感謝してこちらに対する態度を改めるという基本的な信頼があってこそ、「餅作戦」は成立しうる。それがだめなら「苦労して餅を作ってげてもこっちの気持ちもわからないなんて、もう勝手にしろ」と愚痴をこぼし、愛憎入り交じった情を完全にそぎ落としてしまうことになるだろう。そうなると破局だ。

昨今の我々の心の状態がそうではないか。私たちは憎かろうと可愛いかろうと、同じ釜の飯を食べて生きなければならない運命共同体だ。意見が違ったとしても相手にあんまりの振る舞いをしてはいけない。情を切り捨ててはいけない。ところで最近は基本的な信頼がない。「あの人たちは餅をあげても無駄だよ。その次にはご飯くれ、それから酒もくれっていうのが目に見えているもん。」 したがって餅をあげようとさえ考えない。それでは駄目だ。

憎いやつに餅をもう一つあげられる社会が、それでも、生きる価値のある社会だと思うのだ。

[出典]http://premium.chosun.com/site/data/html_dir/2014/09/05/2014090502142.html?csmain

♦ここまで引用♦



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コメント

ゴウンさん、おしょうしな。

お医者さんは、姑による嫁のファッビョンがあまりなくなったと言ってますが、実際にはテレビなどによく嫁たちが出てきて姑(韓国語でシオモニ)の悪口を言ってます。
嫁姑の葛藤問題は、永遠の問題かもしれませんね。
特に韓国は、そのジレンマから脱するまでにはまだまだ時間がかかるんじゃないかと見ています。

お医者さんのことばで、
「姑のためにファッビョンにかかってしまった嫁は殆ど見ていない。その代わり嫁のためにファッビョンになった姑はたくさん見た。」という部分はおもしろいですね。
韓国でもシュウトメさんよりヨメさんのほうが強くなったということでしょうか。
日本とだいたい同じようかな。
「嫁いびり」なんて言葉が昔はあったわけですけど、
現代ではそういう言葉って、あんまり聞かなくなりましたね。
死語となったのかも。

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韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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