天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

わが輩は

わが輩は犬である。
わが輩は豚である。
わが輩は馬である。
わが輩は鶏である。

と、書いてみると、やっぱ、

わが輩は猫である

がいちばんしっくりときます。

これはこれまであまりにも接しているために、それが一番自然に感じるのだという側面もあるのかもしれませんが、
ここで問題にしたい(誰に頼まれたわけでもないのですが)のは、
「わが輩は」ときてそのあとに来る動物の名前が「猫」でないと、どうも落ち着かない、しっくりとこないのではないか、 というわたしの感覚についてです。

これはわたしだけなのかもしれませんが、「わが輩は」ときたら、次にくる動物は「猫」以外、考えられません。

「馬」や「犬」や「牛」などはすこし可能性があると思います。
こういった動物たちは、けっこう考え深そうな表情をしますし。

でもやはり、猫くらい考え深そうな表情をする動物はいないですよね。

目をつむってじっとしているときもそうだし、
目を半目に開けて対象をじっとみつめているときなんかもそうだと思います。
形而上学的なことをもしかすると考えているんじゃないかと思わせたりしますよね。
とにかくこれだけ思わせ振りな動物は他にありません。

漱石が猫を飼っていて、その猫を主人公にして書いた小説が「わが輩は猫である」らしいですが、
タイトルのつけかたとしてはこれ以上にない、ものすごくピタッとくるタイトルになっているわけですね。
動物以外でやってみるとどうなるでしょうか。

「わが輩は医者である」
と、こういったら、傲りたかぶっているものの言い方のようですし、

「わが輩は大学教授である」
というのも、傲っていて傲慢な感じです。

「わが輩はスカイツリーである」
こうなると、すこしいい感じです。
何かが語られるかな、という期待感がちょっと出てきますよね。

それでもやはり、「わが輩は猫である」よりはレベルは下だと思われます。

ほとんど意味のない考察なんですが、
猫というものの、不思議さというか偉大さというか名状しがたさというか神秘さといったものが、
少し浮き彫りにされる結果になったのではないでしょうか。

火曜日の未明、ぼーっとしながら書いた文章です。きょうもよき一日になりますように^^。

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コメント

「ミネルバの梟」といえば、
智慧や哲学などを象徴しているといわれますよね。
ふくろうは、つまり智慧、賢さなどを象徴しているわけですよね。
その線でいきますと、「わが輩はふくろうである」というのも
かなりいい線いっているものと思われます。
ただ、バーソさんの分析にあるように、
髭とか人間のそばにいるような動物、という観点から
みてみると、ふくろうは若干遠いのかとも思えます。
でもここは(金子 みすゞではありませんが)
皆一人一人ちがっていいですよね。

結論。
わが輩は梟である
は、猫よりは落ちますが、かなりいいところまでいけるもの
だと思います。(3fanさん、いつもありがとうございます。)

バーソさん、こんばんは。

バーソさんの分析には、いつもほんと、感心してしまいます。
「髭」がポイントという部分もかなり説得力ありますが、
「偉くもなく立派でもない猫だからこそ、、、」の部分が
バーソさんの文章中、いちばん感心した部分です。
言われてみると、こういうことなんですよね。
言われてみて初めて気づいたという感じです。

でも一番の圧巻は、

「ちなみに、私バーソも
若かりし頃は自己顕示欲により、あご髭を伸ばしていたことを告白する。」

これです! 思わず笑いがこぼれてしまいました。
いろいろ想像させてもらいました。감사합니다.
(ネットは顔がみえませんからねえ。 )

「わが輩は猫である」が、ご説のとおりいちばんしっくりくるとは
思いますが、
「わが輩は、梟である」
なんでのも、けっこう思わせ振りじゃないですかね。
ちょっといけてるんじゃないかと思うんですが、どうでしょうか。

「我輩」という一人称代名詞と「猫」との相性についてのレポート

三島由紀夫が少年時代に『我はいは蟻である』という小品を書いているようだが、
なぜ猫に「我輩」が合っているのか? それは《口髭》があるせいではないか。

明治から昭和初期という、日本が西欧に並ぼうとし、軍国主義が台頭し、男らしい男が
尊ばれた時代にだけ、この「我輩」という言い方が好んで使われていないだろうか。
その証左に、千円札の顔である夏目漱石や野口英世が、偉そうに口髭を蓄えている。

では、髭のある動物と言えば、ライオンなら「我輩」という言い方が似合うだろうか。
ライオンは野生の動物であるので、「我輩」という言い方は、やはりそぐわない。
ここはどうしても人間界の動物でないと、当該条件から外れるだろう。

ならば、家庭内の動物で髭があると言えば、鼠はどうか。
彼らは、常に猫に追い掛け回される小動物であり、かのミッキーマウス君の影響から、
どうしても、かわいいーっという印象と雰囲気が付きまとっているゆえに、これもまた「我輩」の人代名詞を使うとふさわしいようには思えない。

さらに、髭があろうとなかろうと、教授とか医師といった肩書きを持つ人間はどうか。
天安教授は「傲慢な感じです」と述べているが、その通り。偉い人間が偉そうに
自らを「我輩」と言うなら、それは人々から尊敬されない事態になりやすいのであり、
偉くもなく立派でもない「猫」だからこそ、それは好感を持って迎えられるのである。

なお、日本で「我輩」という言い方をしている人物は「デーモン閣下」だけであるが、
彼は独特のメイクとヘアスタイルで口髭の代わりをさせている。ちなみに、私バーソも
若かりし頃は自己顕示欲により、あご髭を伸ばしていたことを告白する。

(以上、バーソの「わたしの感覚」です。9月16日提出)

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Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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