天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

上杉鷹山(6)

米沢はわが故郷。米沢といえば、この人、「上杉鷹山」(うえすぎようざん)のことを抜きに語ることはできないと思います。このブログのカテゴリに「ふるさと」を入れてありますので、鷹山についてちょっと書くシリーズです。今回はその6回目。わたしのオリジナルの文章ではなくて、内村鑑三(著)『代表的日本人』という岩波文庫の本の中から抜粋してアップしています。内村鑑三の文章のリズムも味わっていただければ幸いです。それではお楽しみください。
6月3日ブログ上杉鷹山(5) の続きです。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 

 適材適所なしに善政は布けません。鷹山の「能力に応じた人の配置」という民主的な考えは、封建政治の世襲的な性格に反するものですが、鷹山はあらゆる手段をつくして人材を登用しようとしました。鷹山は、能力のある人物には乏しい藩庫から惜しみなく手当てを支給し、その人間を三つの異なる地位に分けて、民の上に配しました。
 第一の役は、郷村頭取と郡奉行であります。彼らは「民の父母」として、その小藩の行政一般を担う総監督でした。彼らに鷹山が出した指図の一つには次のように記されています。
  「赤ん坊は自分の知識を持ち合わせていない。しかし母親は子の要求をくみとって世話をする。それは真心があるからである。真心は慈愛を生む。慈愛は知識を生む。真心さえあれば、不可能なものはない。役人は、民には母のように接しなければならない。民をいつくしむ心さえ汝にあるならば、才能の不足を心配する必要はない」
 第二の役は、一種の巡回説教師のような役であります。彼らは「親孝行のこと、寡婦や孤児への慈悲、婚礼のこと、着物の作法、食物と食事の作法、葬式のこと、家の修理のことなど」の慣習や儀式を人々に教えます。そのため全領は12の地区に分けられ、各地区に一人の教導出役(平信徒の司教)を置きました。この教導出役は、年2回集まって合同会議を開きます。またそれぞれ地区の中での仕事の進捗状況を随時、藩主に報告することになっていました。
 第三の役は、もっとも厳しい警察の役です。彼らは、人々の悪事や犯罪を摘発して、罪状にしたがい厳しく罰する役でした。情け容赦なく村や町の隅から隅まで念入りに調べあげました。犯罪者を出すことは、その地区の恥になりました。教導出役は、自分の担当地区から警察の厄介になる者が出れば、その責任は自分が取りました。この二種類の役人に対して、鷹山は次の指図を与えました。
  「教師である教導出役は、地蔵の慈悲をもち、心には不動の正義を忘れるな」
  「警察である廻村横目は、閻魔の正義、義憤を示し、心には地蔵の慈悲を失うな」


ここまで上杉鷹山(6)。『代表的日本人』(内村鑑三)より

スポンサーサイト

コメント

ケネディは内村鑑三の英語版を読み、大統領に就任した時の記者会見で、鷹山を挙げたものと思われます。日本の記者らの前で鷹山を挙げたわけですが、日本人記者らは、その鷹山を誰も知らなかったということです。1960年代ごろまでは、鷹山は全然メジャーじゃなかったんですね^^。、「廃県置藩」ですか。まさにながつきさんらしくていいですね。わたしには判断がつきかねますが、道州制を議論するよりは日本のためになるような感じもしますね。鷹山、これからもたまにアップしますので、お楽しみいただければ幸いです。

鷹山は今も生きている

本稿を読んで、冬門童二と内村鑑三とでは、鷹山の捕らえ方が少々違うような感じがしました。(20年ほど前に読んで記憶がおぼろげになっているだけかもしれませんが)
これは、冬門童二は“小説”と題していますから、史実を忠実には書いていないからでしょうか。
鑑三の「代表的な日本人」は読んでいませんので、これからのこのシリーズを楽しみにしています。
ところで、鑑三は英語ができる。英語版が先なのか日本語版が先なのか分かりませんが、この英語版を若きケネディーが読み、大統領に就任した時の記者会見で、尊敬する人物の一人として鷹山を挙げたのでしょうね。
また、本稿で知ったのですが、韓国の経営者のトップが鷹山を知り、尊敬する人物としたのでしょう。
殖産振興の素晴らしきリーダー、鷹山です。
これからの日本、道州制を議論するより、「廃県置藩」して中央の一切の支援なしで元気な地方を構築するべき、というのが小生の持論です。この考えも鷹山を知ったからです。
私が知事なら、配下の管理職や市町村長に鷹山を読ませるんですけどねえ。

童門 冬二の『上杉鷹山』は、こちらでは『불씨』(ブルシ、火種)という題名で翻訳され1994-5年ごろにヒットしました。三星グループのイ・ゴンヒ会長が、課長以上の社員全員に無料で配り、全員この本を読め、という三星全社あげての動きがありました。血を流さない経済改革を推し進めた鷹山に習えというわけです。三星はこのときの動きを受けて大きく発展していったという歴史がありますね。

以前に童門 冬二の上杉鷹山(上下)を読んで感激したことがあります。当時は失われた10年の真っ最中で何処を向いても景気の悪い話ばかりの暗い世相でした。

鷹山の考え方が経営方面でも危機を乗り切るリーダーとして参考になっていますね。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://cheonan.blog.fc2.com/tb.php/150-a007af11

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

韓流 (90)
学生エッセイ (79)
ランの窓 (2)
心と体 (12)
韓国のジョーク (4)
ふるさと (51)
詩 (12)
釜山さむらい (6)
数学 (9)
サッカー (11)
筆者のエッセイ (28)
未分類 (30)

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

検索メニュー

RSS リンクの表示

リンク

이 블로그 링크에 추가하기

ブロとも申請フォーム

블로그친구신청

FC2Ad

Template by たけやん

動画ランキング