天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

アイデンティティ _ 筆者のエッセイ0008

 米沢のほうにも、最近は外国人がたくさん住むようになったのだろうか。山形弁で有名なアメリカ人のタレントなどもいるようだが、今回は「自分は何者か」ということ、つまりアイデンティティということについて書いてみたい。
 かれこれ12年ほど前、わたしがある論文を準備しているときのことである。論文の下準備として、日本語のできる韓国人のおじいさんやおばあさんと会って、日本語でのインタビューを試み、それを録音する仕事をしていた。ソウルや天安( チョナン) で10人以上のインタビューを終えたころ、夏休みに妻のふるさとギョンジュ( 慶州 )に行き、そこでもインタビューしてみようと思い立った。ギョンジュに行き、さっそく韓国人のおじいさん二人と会い、首尾よくインタビューできた。
 妻の実家のすぐ近くに日本人でありながら戦争前に韓国人と結婚し、当時まですでに60年以上も韓国に暮しているおばあさんがいるということだった。予定にはなかったのだが、さっそくおじゃまし、つもる話を日本語でインタビューしてみようと出かけた。韓国人でありながら日本語のできる高齢者が論文の対象であったため、日本人のおばあさんの話は、必ずしもそのときの論文に必要な資料とはならないのであるが、60年もこちらに住み着いている方がどんな日本語を話すのか、かなり興味があってうかがったのである。
 ちょうど二〇〇二年の日韓ワールドカップの最中であった。おばあさんは50インチほどの大型の薄型テレビでワールドカップを見ていた。サッカーが大好きという。
 雑談はすべて韓国語でやり、さて本題にはいって日本語でのインタビューを試みようと「じゃ、おかあさん、これからは日本語で話しますので、おかあさんも日本語でおねがいしますね」と誘いをかけてみた。「うん、わかったよ」と日本語で答えてくれたはいいものの、二言目からは完全に韓国語になってしまう。再度、日本語でおねがいしますと水をむけてみたが、やはり「わかったよ」は日本語で言うが、すぐ韓国語になってしまう。こりゃあかん。インタビューはどうでもいいや。どうせ資料にするためにやってるんじゃないんだと、わが身に言い聞かせた。
 このおばあさん、東京生まれで東京の大学に通っていたときに韓国人の旦那さんと知り合い(日帝時代のため韓国からたくさんの学生が日本へ来て勉強していた)、韓国に来て結婚。子宝に恵まれ、幸せな結婚生活を送った。しかし結婚は親の反対にあい、結婚後日本に帰ったことはただの一度もないということだった。韓国に帰化し、韓国名ももっていた。「善花=ソンファ」、それがおばあさんの韓国語の名前だ。
 旦那さんも韓国人、本人も韓国に帰化し子供たちもみな韓国で家庭をもっている。ことばもすべて韓国語だ。日本語ではじめてもすぐ韓国語になってしまうほど、韓国語が言語中枢の芯になっているわけだ。親の反対で結婚後は一度も日本の地を踏んでいない。日本にはもはや関心はないはずだ。だから当然サッカーの応援も韓国を応援しているものと思った。

 「おかあさん、サッカーは日本と韓国、どっちを応援するんですか」

  わたしは「韓国だよ」という返事を想像しながらそう聞いてみた。聞くまでもないことだと思っていた。しかしいちおう、本人の口から確認しておくのも意味のあることだろうと思って聞いてみたのである。
 ところがおばあさんのこたえは何と「日本だよ」というものだった。わたしははじめ、質問の意味をとりちがえているのかな、と思ったほどだった。もう一度確認のことばをかけてみた。やはり「日本」ということだった。予想が裏切られたことへの驚きと、日本の味方だということへの安堵感があったことは覚えているが、おばあさんのこたえはわたしにはあまりにも衝撃の大きいものだった。マンガでよく「ガーン」と頭をたたかれて気絶するような場面が見られるが、まさにあれだった。頭が真っ白になってしまった。「ええっ?そんなことって、ありなの?こんなことがあっていいの! ?」。日本を応援してくれてありがとう、という気持ちよりは、アイデンティティということへの神聖さに、全身が雷に打たれたようなショックを受けたのである。アイデンティティというのは、こんなに奥深いところにまで入り込んで生きているんだ。愛する旦那が韓国、ことばも韓国、国籍も韓国( 帰化)、息子娘も韓国。日本での生活は20年ぐらいで韓国での生活は60年以上。すべてが韓国の側に傾いているのに、「日本応援」というではないか。
  わたしの目からいつのまにか熱い液体が何粒か流れていた。アイデンティティというものは、こんなにも神聖なものなんだ。だれも手に触れることのできない神聖な場所に大切に保管されているんだ。涙なしに接してはいけないものなんだ。そういうことが瞬時にしてわかったのである。

 学生らがときどきわたしに質問してくる。

「先生は奥さんも韓国人で韓国ファンですよね。サッカーでもやっぱり韓国を応援するんですか」

  おばあさんと出会うまでは、曖昧な返事をしていたものだ。

「そうだね、晩御飯をおいしく食べようと思ったら韓国の応援をしてるよ」

 これは完全に嘘である。日本、韓国、アメリカというようなことじゃなくて、これはアイデンティティの問題なんだ。人為的・人工的に日本よりも韓国の応援をしたりすることは、原理的にできない相談だったんだ。チャンネルを替えるように、簡単に切り替えできるようなシロモノではないのだ。そういうことがこのおばあさんと出会ってはっきり理解できるようになった。わたしはここ韓国に骨をうずめることになるかもしれない。そうなったとしても、サッカーの応援は日本以外にはできないのである。これはアンタッチャブルな領域で、どうしようもないことなんだ。涙なしに語れないことなのだ。祈りの手を合わせずして接することのできない領域なのだ。
 こちら韓国の男性と結婚している日本女性で、ごくまれではあるが「あたし、韓国の応援するわよ」なんて言う人がある。第二次大戦前だったら「非国民」ということになるだろうし、現在だったら「ええ? けっこう愛国心がないんだね」ぐらいの対話になるのかもしれない。しかし、おばあさんと会った今、わたしははっきりと言うことができる。「ばか言ってんじゃねえ」と。つまり、彼女は嘘を言っているか、あるいは本当の自分が何なのかもわからずに生きている根無し草のような人格だと断言できる。アイデンティティというのはそんなに軽はずみなものではないのである。そんなに甘いもんじゃないのである。いかに韓国人のダンナを愛していても、である。
  アイデンティティということについては、これからも考え続けていくことになるだろうと予感している。

(※) 日帝時代:一九一〇年八月から一九四五年八月までの間、日本が韓国を強制的に植民地にして支配した時代。日本帝国時代という意味である。足掛け三六年になるので「日帝三六年」ということばがときどき見られる。歴史上消すことのできない汚点を日本は残してしまったのである。このおばあさんのように、韓国人の男性と結婚した日本女性がけっこういる。夫に先立たれ、女性が残っているケースが多いが、こうした女性は今はもう八〇歳を越えていて、韓国のあちこちにちらばっているようだ。慶州の「ナザレ園」というところに数十人の日本人おばあさんらがいっしょに暮らしている。日本からの観光客らもときどき慰問のような形で訪れているようである。日本から訪れた人たちと日本語で話し、日本の歌を歌い、日本のものを食べたりするのがおばあさんらの大きな喜びになっている。戦争と植民地時代の犠牲者と言えるだろう。

(※) アイデンティティ:自己同一性( じこどういつせい、Self Identity)のこと。単にアイデンティティということも多い。意味としては、自分は何者なのか、どこにその存在の根を持っていて、何をなすべきか、という個人の心の中に保持される概念。自我同一性ともいう。エリク・エリクソン(E・H・Erikson、一九〇二年- 一九九四年) による言葉で、青年期の発達課題を語るキーワードである(ウィキペディアより)。日本人として生まれて、どれだけ日本のことを思い愛しているのかということ。この脈絡で思いつく歌がある。<敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花>(本居宣長)。大和心って何と問われれば、朝日に輝いて匂う山桜の花のようなものだよと答えるという歌。のびのびと晴れやかで一点の翳りもない様を歌っているものであろう。わたしの心がそこまでかっこよくなくても、そうありたいものだと日本人として思う次第である。
『おしょうしな韓国』より)





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コメント

2002年のW杯のとき、yoichiさんは、
盆壇(ブンダン)でテーハンミング、チャチャッチャチャッチャッって
やってたんですね^^。
わたしは天安のストリートビューでやってました。
あんときは韓国が4強までいったんで、
けっこう応援し甲斐がありましたね。
日韓戦だったら一も二も無くニッポンです^^。
こういうことって大切ですよね。

アイデンティティ

良い話を聞きました、私の周囲にも韓国人が居ます。
やはり「韓国を応援します、次は日本です」とはっきり話します。

2002年のW杯では、テーハンミング、チャチャチャと
盆壇の運動場で大型スクリーンを観ながら応援していました。日韓戦だったらやはり日本を応援したでしょうね。


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韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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