天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

本音と建前 _ 学生エッセイ0030

韓国の若者、大学生がどんな文章を書くのか。
学生エッセイシリーズは、韓国の日本語学科の学生らが書いた文章を紹介するコーナーです。
今回はその30回目で、男子学生GOCさんの作品です。


<本音と建前>
「日本人たちは親切だが韓国人たちはそうでない」と言えば、多分このように反論する方たちも少なくないだろう。
韓国人が親切でないように見えるのは、実際に韓国人の心が優しくないからではなく、ただ韓国人たちはそれを表現するのが下手なせいだからだと。

たしかに私もそうだ。心では思っていても「すみません」とか「ありがとうございます」という言葉は、容易に出ていない。 ときおりそんなことをとても簡単に言う人がいるが、かえって軽挙に見えるたりもする。まして西洋人たちのように、唇に唾も塗らないで「Beautiful」とか「I love you」とかいうくすぐったいことばを 臆面もなくすらすらと吐き出すというのは、死んでもう一回生き返ってもできない相談だ。私だけがそんなんじゃなく、たぶん、韓国人たちは自分の心を簡単に表現しないものと思う。

しかし、それなら地下鉄で人の足を踏んでも「それぐらいのことでなにを睨んでいるんだ」というふうに むしろ目をむく韓国人たち、他人の車の前に割り込んでおきながら、声だけは張り上げる韓国人たちは、果して本音はそうではないのに、単に表現が下手という理由でそうなのだろうか?

長くても短くても日本に行って帰って来た人はもちろん、日本に全く行ってみたことがない人も日本人の特性を語る時、絶対に忘れることなく出てくるのが「本音と建前」ということばだ。
本音とはいわば心の中の気持ち、建前は表に表れる表現だ。

日本人の本音と建前が(われわれ韓国人と)異なると言った場合にはだいたい否定的な意味なのが普通だ。つまり、日本人たちは表向きでは親切そうに、ありがとうとか、すまないというそぶりを見せるが、心の中ではそうでないということだ。はたしてそうなのか?

一つ面白い事は、日本で約1年ぐらい生活した方はこう語る。
「6ヶ月くらい生活しても分からないけど1年ぐらい住んでみれば日本人の本音と建前が分かるよ」と。

ところで6ヶ月くらい生活してきた方はこう言う。
「3ヶ月くらいでは分からないけど6ヶ月くらい住んでみればわかるさ」と。

さらに3ヶ月くらい住んだ方は「一二ヶ月暮らしてはわからない」と言い、
二月住んだ方は「半月ほどだけ旅行してもわからないさ」と主張する。

ところが半月どころか3~4日旅行して帰ってきた人も、本音と建前を話題にするのである。
本音と建前は、実は日本人の頭の中にあるのでなく、
そのように言う私たち韓国人の心の中にあるものではないかと思っている。

多分日本人が本音と建前を持っているという話は事実だろう。
なぜならそれは日本人たちだけでなく、誰にでもあるものだから。

例えば、人の家に招待されて行った時、出た食べ物があまりおいしくなかったとして「本当においしくないですね」と 言う人がいるだろうか?  当然、韓国では「とても美味しく食べました」と言う。これがまさに本音と建前ではないのか?

若い男女の結婚式で司式者が
「何の将来性もない新郎と、性質まで汚れた新婦が会って結婚するなんて本当に心配です」
と言ってしまっては、その場で非難され死なずに済めば幸いなくらいだ。

それでわれわれはいつも本音ではなく、建前を口にするのだが、実はこれが人と人の間の礼儀なのだ。。。だから、本音と建前というのは、日本人だけが持っているものでもないし、韓国人だけが持っているものでもない。人と人が集まって住む社会ならどこでも共通して見えるものだ。

例えば、人の家に招待されて行った時、食べ物を称賛するのは、心を表現するのが苦手な韓国人より褒め言葉に慣れた西洋人がもっと建前的といって間違いないだろう。

ただ、西洋人たちはお腹がいっぱいだったり、自分が好きではない食べ物については明らかに
"No"と言う一方、韓国人はお腹がいっぱいでも食べ物が口に合わなくてもどうしても拒絶できず、
胃がむかむかするまで腹に入れてしまうところが違うだけだ。

仕事でも同じだ。韓国人たちは嫌な頼みを受けても "いいえ" と言えない。集団的倫理が強い韓国社会では断るということが非常に難しいことであるためだ。ともすれば「人でなし」、「恩知らず」と指をさされることにもなる。はなはだしくはそんな程度を越えて30年の友情が一朝にして崩れさってしまうこともあながちありえないことでもない。

このような点からみると、すなわち生活の中でも仕事の中でも "はい" と "いいえ" を明確にことばにできないという点からみると、確かに個人主義的倫理が強い西洋より人情や集団的連帯感を強調する東洋社会において本音と建前の二重性がより強いことだけは確かだ。

それゆえ、西洋人たちは日本人を見て本音と建前と語ったのである。しかし、日本人よりもっと激しいことはあっても絶対少なくはない韓国人が、日本人に関して「本音と建前」と話すのはおかしいことだ。少なくとも私はそう思っている。



スポンサーサイト

コメント

死んでもう一回生き返っても

「死んでもう一回生き返ってもできない」
というのは、

죽었다 깨어나도 못한다

ヂュゴッタ ケオナド モッタンダ

という表現でして、
もとからある韓国語の慣用表現です。
よく使われます。おもしろい表現ですよね。

この学生も、グッドタイミングでこの表現を使っています。

「I love you」といったくすぐったいことばは、
「ヂュゴッタ ケオナド モッタンダ」つまり
「死んでもう一回生き返ったとしてもできない」
というわけです。

かなりの文章力にブログ制作者(筆者)も驚きです。
こういう学生が大きく成長していってほしいと
願ってます。

おはようございます。

以前、こんな話を読んだことがあります。
ヨーロッパに旅行すると、前から来る人が皆ニコッとする。
ところが、すれ違ってしまうと、瞬時に無表情な顔に戻る。
そういう変わり身の早さは、ヨーロッパの国境が地続きで
いろんな人種がいるために、自己防衛の精神がそうさせている
のではないかと推論していました。

日本は島国。古来、大いなる「和」を旨とする民族です。
なるべく「和」を壊さないようにしたいという、
相手への気遣いが精神のバックボーンにあるのではないでしょうか。

「死んでもう一回生き返ってもできない」話。
私も、普段の会話ではまったく同じです。
日本人は「恥」を知る民族でもありますからね。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://cheonan.blog.fc2.com/tb.php/135-fe5ae90e

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

韓流 (91)
学生エッセイ (79)
ランの窓 (2)
心と体 (12)
韓国のジョーク (4)
ふるさと (52)
詩 (12)
釜山さむらい (6)
数学 (9)
サッカー (11)
筆者のエッセイ (28)
未分類 (30)

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

検索メニュー

RSS リンクの表示

リンク

이 블로그 링크에 추가하기

ブロとも申請フォーム

블로그친구신청

FC2Ad

Template by たけやん

動画ランキング