天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

赤秋

今日は、韓国の「教育新聞」という新聞に載っていたエッセイを翻訳してお送りします。
「赤秋」(せきしゅう)ということばは、筆者は知りませんでした。
やはり日本の書籍を200冊以上も翻訳してきている翻訳の大家だけのことはありますね。



「赤秋」

 かなり長い間、日本の書物を韓国語に翻訳してきたのだが、先月、とうとう最後の翻訳作業を終えた。これまでの仕事を振り返ったことはないが、おそらく200冊はゆうに越えているものと思われる。調べたことはないけれど、たぶん私がこの韓国では一番老いぼれの翻訳作家だと思う。そんな関係もあってかときどき聞かれることがある。「日本語の中で一番好きな表現は何ですか?」。私は躊躇なく答える。赤秋(せきしゅう)っていうことばだけど聞いたことある?って。日本語が朝鮮半島から渡っていったということは多くの人々が知っているけれど、「赤秋」ということばは韓国語にはない。ことばそのまま「赤い秋」という意味だ。何がそんなに赤いといういうのか。紅葉だろうか。あるいは夕日がしばし立ち止まる広大な草原だろうか。

 「赤秋」ということばは、日本では高齢者の青春という比喩で用いられている。物質と出世という世の束縛から逃れ、これからは自分の好きなことを自分勝手にやれるという自由を手にしたということなのである。

 老年期に差しかかった人なら誰でも共感する話だ。青春が青い春の日だとすれば、赤秋は赤い秋だ。春夏秋冬の四季の中で春と秋は対称をなしている。満開の夏を準備する春が青春とするならば、もう一度土に返る冬を準備する時期が秋、すなわち赤秋だ。冬が残っているからまだ終りではなく、それに結実の時でもある。豊かで美しい紅葉はおまけだ。

 荒涼とした秋風がもの悲しく吹いても、華やかだった春の日と暑い夏が過ぎ去ったのだからよく見ればこれもまた休息にもなろう。秋は確かに冷たい季節だが、豊かな収穫の時でもある。仮に炭疽病が流行って苦労した代価をもらえないとしても、私が流した汗の証拠として秕(しいな)と鳴子百合(なるこゆり)が残っている。秕も捨てずに大地においておけば肥やしになるしそこから新しい生命が生まれてくる。虚無であるはずはない。

 アカデミーで2回も主演女優賞をもらったジェーン・フォンダの老年は、社会運動家としてさらに大いなる名声をとどろかせた。彼女は老後を自分自身を取り戻す時期と定義した。幼少年期および成年期に続く人生の第三幕というわけだ。三幕の舞台で繰り広げられる演技は過去との和解だ。自分がなんで今の自分になったのかという棋譜の並べ返し作業だ。今まで生きてきながら数多くの事件と記憶が積み重なっている。間違っていた過去もあるしうまくいったこともある。それらが集まって今の自分ができている。したがって今の自分をばかにしてはいけない。だめなやつだと思うのもよくない。全てが終わったと思うのはもっとよくない。

 今年で86歳。今こそ私の人生で最も特別の時期じゃないだろうかと思う。今が一番幸せだし今が一番楽しいし今が一番自由であると自分自身がそう信じ、そう言い、そのように行動している。それでこそ今後もそうなるだろうこと間違いないので、私は誰よりも「熱い秋」を送ろうと計画中なのである。

  出典:    教育新聞2016年10月10日号。김욱(작가/컬럼니스트) <여든여섯, ‘붉은 가을’을 고대하며>  より
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Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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