天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

【さようなら原発 米沢のつどい(第39回)】

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【さようなら原発 米沢のつどい(第39回)】

講演「原発賠償と避難者支援―直面する課題はなにか」      


〇 講師 除本理史 氏(大阪市立大学 大学院経営学研究科 教授)
 ◆ 日時 2016年10月29日(土)14時~16時
 ◆ 会場 すこやかセンター2F大会議室(電話 24-8181) 
  参加費 無料

 原発を推進してきた政府・東京電力の責任は
 避難者たちの現状を追い、
 あるべき補償のかたちを探る・・・(著書 原発賠償を問うより)
 支援について、何ができるのか。あらためて考えてみましょう。

 除本理史(よけもと・まさふみ):
 1971年神奈川県生まれ。専攻は環境政策論、環境経済学。
 著書に『原発賠償を問う』(岩波ブックレット)、『公害から福島を考える』(岩波書店)、
 『原発事故の被害と補償』(共著・大月書店)など多数。


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赤秋

今日は、韓国の「教育新聞」という新聞に載っていたエッセイを翻訳してお送りします。
「赤秋」(せきしゅう)ということばは、筆者は知りませんでした。
やはり日本の書籍を200冊以上も翻訳してきている翻訳の大家だけのことはありますね。



「赤秋」

 かなり長い間、日本の書物を韓国語に翻訳してきたのだが、先月、とうとう最後の翻訳作業を終えた。これまでの仕事を振り返ったことはないが、おそらく200冊はゆうに越えているものと思われる。調べたことはないけれど、たぶん私がこの韓国では一番老いぼれの翻訳作家だと思う。そんな関係もあってかときどき聞かれることがある。「日本語の中で一番好きな表現は何ですか?」。私は躊躇なく答える。赤秋(せきしゅう)っていうことばだけど聞いたことある?って。日本語が朝鮮半島から渡っていったということは多くの人々が知っているけれど、「赤秋」ということばは韓国語にはない。ことばそのまま「赤い秋」という意味だ。何がそんなに赤いといういうのか。紅葉だろうか。あるいは夕日がしばし立ち止まる広大な草原だろうか。

 「赤秋」ということばは、日本では高齢者の青春という比喩で用いられている。物質と出世という世の束縛から逃れ、これからは自分の好きなことを自分勝手にやれるという自由を手にしたということなのである。

 老年期に差しかかった人なら誰でも共感する話だ。青春が青い春の日だとすれば、赤秋は赤い秋だ。春夏秋冬の四季の中で春と秋は対称をなしている。満開の夏を準備する春が青春とするならば、もう一度土に返る冬を準備する時期が秋、すなわち赤秋だ。冬が残っているからまだ終りではなく、それに結実の時でもある。豊かで美しい紅葉はおまけだ。

 荒涼とした秋風がもの悲しく吹いても、華やかだった春の日と暑い夏が過ぎ去ったのだからよく見ればこれもまた休息にもなろう。秋は確かに冷たい季節だが、豊かな収穫の時でもある。仮に炭疽病が流行って苦労した代価をもらえないとしても、私が流した汗の証拠として秕(しいな)と鳴子百合(なるこゆり)が残っている。秕も捨てずに大地においておけば肥やしになるしそこから新しい生命が生まれてくる。虚無であるはずはない。

 アカデミーで2回も主演女優賞をもらったジェーン・フォンダの老年は、社会運動家としてさらに大いなる名声をとどろかせた。彼女は老後を自分自身を取り戻す時期と定義した。幼少年期および成年期に続く人生の第三幕というわけだ。三幕の舞台で繰り広げられる演技は過去との和解だ。自分がなんで今の自分になったのかという棋譜の並べ返し作業だ。今まで生きてきながら数多くの事件と記憶が積み重なっている。間違っていた過去もあるしうまくいったこともある。それらが集まって今の自分ができている。したがって今の自分をばかにしてはいけない。だめなやつだと思うのもよくない。全てが終わったと思うのはもっとよくない。

 今年で86歳。今こそ私の人生で最も特別の時期じゃないだろうかと思う。今が一番幸せだし今が一番楽しいし今が一番自由であると自分自身がそう信じ、そう言い、そのように行動している。それでこそ今後もそうなるだろうこと間違いないので、私は誰よりも「熱い秋」を送ろうと計画中なのである。

  出典:    教育新聞2016年10月10日号。김욱(작가/컬럼니스트) <여든여섯, ‘붉은 가을’을 고대하며>  より

一つの単語で定義できる夢 _ 学生エッセイ75


学生エッセイシリーズは、韓国の日本語学科の学生らが書いた文章を紹介するコーナーです。
今回はその75回目で、女子学生 B M H さんの作品です。



 いつの頃からか、「夢は何?」と言われると明確に答える友だちが羨ましくなった。
たしかに高校に入るまでは私も自分の夢について明確に答えることが出来た。
でも卒業して大学に入ってから夢より就職に重点を置いて考えるようになった。
今誰か私に夢は何かと尋ねたら、就職することだと当然のように答えながらもどこかほろにがい。

 高校の友だちの一人は、小学の時から先生になるのが夢だった。
今は教育学科を卒業して教師採用試験を準備している。他の一人は幼稚園の教師が夢だった。
わたしの大学と姉妹の大学である白石文化大学を卒業して今年の2月から幼稚園の先生になった。
美術が好きで美大に入った友だちは大学に行っても夢を探せなかったが、
昨年ヘルストレーナーである今の彼氏と出会いボデイビルダーという夢を持って
今は一所懸命に運動と食餌療法を並行してやっている。
専攻とは関係ないが、遅くても夢を持つ彼女が羨ましいと思った。

 一方、私は何が好きかと言われたらいくつも答えられるが、明確に夢は何かと言われたら、
どう答えたらいいか分からない。音楽や公演が好きで漠然とその分野で働きたいとは思うが、
でも、先生やボデイビルダーみたいに一つの単語で定義出来る夢がほしいと思う。

 いつのころからか理由の分からない圧迫感によって、新しいことに挑戦するのが怖くて諦めて、、
後で後悔したりした。それで2016年には何でもいいから自分のしたいことをしながら、
明確に定義出来る夢を探す目標をもつようになった。



[한 단어로 정의할 수 있는 꿈]

 언제부터인가 꿈이 뭐냐고 물으면 명확하게 대답하는 친구가 부러워졌다.
분명 고등학교에 들어갈 때 까지는 나도 나의 꿈에 대해서 명확하게 대답할 수 있었는데 졸업을
하고 대학을 다니면서 꿈보다는 취업에 중점을 두고 생각하게 되었다.
지금 누군가 나에게 꿈이 무엇이냐고 물으면 취직하는 것이라고 당연하게 대답하면서도 씁쓸하다.

  고교 친구중 한명은 초등학교 때부터 선생님이 되는 것이 꿈이었고
지금 교육학과를 졸업하고 임용고시 준비를 하고 있다.
다른 친구는 유치원 선생님이 꿈이었는데 백석문화대학교를 졸업하고 올해 2월부터
유치원 선생님이 되었다. 미술을 좋아해서 미대에 간 친구는 대학에 가서도 꿈을 찾지 못했지만
헬스트레이너인 남자친구를 만나면서 보디빌더라는 꿈을 가지게 되었고
지금 열심히 운동과 식이요법을 병행하고 있다. 비록 전공과는 아무런 상관이 없지만
늦게라도 꿈을 가지게 된 친구가 부러웠다.

  한편 나는 무엇을 좋아하느냐고 물으면 몇 가지라도 대답할 수 있지만 명확하게 꿈이
무엇이냐고 물어보면 어떻게 대답해야 할지 모르겠다. 음악이나 공연을 좋아해서 막연하게
그 분야에서 일하고 싶다는 생각은 있지만 그래도 선생님,
보디빌더처럼 한 단어로 정의할 수 있는 꿈이 가지고 싶었다.

  언제부터인가 이유 모를 압박감 때문에 새로운 것에 도전하는 것에 겁을 먹고 있었는데
지나고 보면 항상 그 때 포기한 것에 대해 후회했다. 그래서 2016년에는 무엇이라도 내가
하고 싶은 일을 하면서 명확하게 정의할 수 있는 꿈을 찾아야겠다는 목표를 가지게 되었다.

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プロフィール

treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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