天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

初雪

かばんと女の子(天安中心街)    天安市内でバスを降りるひとたち

11月26日(木)、天安(チョナン)に初雪が降りました。
初雪っていうのは、ちょっと降ってやむのが普通だと思うのですが、
今年の天安の初雪は「ドサ雪」。
それでも二十センチくらいでしょうか。

最近は雪が少なくなっている傾向がありますので、
雪という情報に対してもみんなあんまり気にもとめないのですが、
このいきなりのドサ雪に交通は一時麻痺してました。

わたしは朝六時五十分ごろ家を出て職場に向かうのですが、
車はやばいと思いバスでいくことにしました。
一分と待たずにバスがやってきました。
これは運がいいぞ、と思って乗り込んだはいいのですが、
十メートルもいかないうちにストップ。
前のほうをみると、えんえんと車がつかえています。
雪のため、なんらかの事故があったみたい。

でもわたしはバスの中。
やおら本をとりだし読書三昧。
バスで十分の距離が一時間20分ほどかかりましたが、
おかげでいちばん後ろの席で百頁くらい読めました。
とってもトクしたような朝になりました。

読んでいたのは『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』でした。
自閉症と診断された息子が、実は数学の天才だったんですね。
ジェイコブという息子をどうやって育ててきたのかという
母親の育児奮戦記です。

既存の自閉症の専門機関などにまかせていたら
もてる天才も開花しなかったかもしれないというクリティカルな面なども見え
とても感動的な書ですね。

自分で考え、判断してゆくことの重要性をあらためて感じさせられました。
母親ならではなの鋭い感性があったからこそ、
息子がもてる天才をすなおに開花させることができたのだと思います。

あ、ちょっと大事なことをわすれてました。
この日、キム・ヨンサム元大統領のヨンギョルシク(永訣式)がありました。
永訣式というのは日本式には告別式に相当するものでしょうか。
線香をあげ自宅からお棺を出して国立墓地(顯忠院 ヒョンチュンウォン)に運び
土葬して土を盛り上げお墓を作りました。
自宅から国立墓地まで行く途中、初雪がちらりほらりと降ってました。
天からのラブレターを一身にあびながら
元大統領は最後の別れをつげることになりました。
この人ほど金銭的にきれいに生きた大統領も珍しいです。
ノ・ムヒョン大統領(自殺したが)がその面では同志といえるでしょう。
キムヨンサムは、私利私欲をこえて韓国のために生きた
「きれいな」大統領でした。
ヨンサムの発音から「YS」という略号で親しまれています。
ちなみにこの前のイ・ミョンバクは「MB」、キムデヂュンは「DJ」。

 

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上杉鷹山 (15)

鷹山について書くシリーズです。今回はその15回目。2015年8月15日ブログ上杉鷹山(14) の続きです。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 


 鷹山の純粋な社会改革については、ここでは二つ述べるにとどめます。
 公娼の廃止は、鷹山の「仁政」によくかなっていました。廃止すると欲情のはけ口を断たれ、別のもっと凶悪な方法で社会の純潔を危険にさらすという、しばしば聞く反対論に対して、鷹山ははっきりと答えました。「もし欲情がそんなことで鎮まるならば、そのためには数知れない遊郭が必要になろう」。鷹山は公娼を廃止しましたが、廃止によって、なんの社会的不都合も生じていません。


                   ここまで上杉鷹山(15)。『代表的日本人』(内村鑑三)より

愛の「オドゥオジダ」 _ 筆者のエッセイ24

 わたしの妻は韓国人である。はじめて妻と会ったとき韓国語がわからず、妻も日本語がわからなかった。それでわたしたちが会話をする時は、英語で行なったものだ。というと、英語の実力が相当のもののように聞こえてしまうが、なんのことはない、たとえば
"What do you like?"
"I like moca-coffee."
といった対話なのである。おどろくほどのことはない。 

  わたしはいつもメモ帳をもっていて、ひとことでも韓国語を学ぼうと構えていた。結婚して数日しか経ってなかったころの話しだ。わたしたちは彼女のふるさとであるキョンジュ(慶州)のボムンダンジ(普門団地)という観光地の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。ボムンホ(普門湖)という大きな湖のそばの喫茶店である。午後の明るさからだんだんと夕方の時刻に移り変わるころだった。日が沈みはじめ西の空は赤く鈍色(にぶいろ)の光をはなちはじめ、だんだん夕やみがせまりつつあるころ。わたしはあまりにも静かで美しいその雰囲気のなかで、なにをか言おうとした。愛する女性を目の前においてこのような雰囲気にあったら、だれでも愛のことばのひとつも言ってみたくなるのは当然と言えよう。しかしわたしは韓国語はほとんでできない状態、英語だってこんなときにふさわしい気の利いたフレーズがポンと飛び出すような実力はない。それで韓国語で「だんだん暗くなってくるね」ぐらいのことばでも発したいと思った。しかしながらそんなことばさえわからないのである。メモ帳に英語を書き、絵をかき、「暗くなる」の「~になる」の部分が韓国語でどういう表現になるのかを知ろうとした。あの手この手を使い四苦八苦しながらしきりに妻に聞くのだが、「暗い」はわかっても「暗い」プラス「~になる」つまり「暗くなる」がどうしてもわからないのだ。お互い相手のことばを知らないのだから、これもいたしかたのないこと。そのときどのようなハズミで「暗くなる」がわかったのか今となっては思い出せないのだが、とにかく韓国語で「暗くなる」つまり「オドゥオジダ」という表現を彼女の口から絞り出せたのである。数時間の苦労の末だった。

   わたしはそのようにして学んだ「暗くなる」(オドゥオジダ)という単語を、頭の奥深く・心の奥深くにしっかりと刻み込んだ。変化を表す「~になる」ということば、これは韓国語で「~ジダ」ということばなのだが、このことばを見るたびに、わたしは「愛のオドゥオジダ」を思い出し、しばし甘い夢想に身をまかすのである。


(※)キョンジュ:漢字では「慶州」。韓国の南の港町であるプサン(釜山)から北に車で約1時間のところにある歴史的な町である。BC57∼AD935年までの約1000年の間栄えた新羅(シンラ、日本名シラギ)の首都である。「シンラ千年の古都キョンジュ」ということばがよく使われている。特に仏教が有名であり、いまでも山のあちこちの自然の岩に、仏像の彫刻が数多く残されている。お寺では仏国寺(ブルグクサ)などが有名であり、石の洞穴の中に巨大な仏像が安置されている石窟庵(ソクラム)も観光コースの定番となっている。歴史の街として日本の奈良市と姉妹血縁の関係を結んでいる。国内および海外からの観光客が一年を通して絶えない。


                                                               (『おしょうしな韓国』より)

妄想 _ 学生エッセイ62

学生エッセイシリーズは、韓国の日本語学科の学生らが書いた文章を紹介するコーナーです。
今回はその62回目で、女子学生  I J U さんの作品です。

< 妄想 >
 生きて行けば誰でも苦しい事、楽しい事、悲しい事、幸せな事などに遭う。私はその日常の中で良くない事に遭遇した時、幸せな考えをしたりする。これを人々は妄想という。

 学校で授業を聞いた時、教育奉仕をしてなきゃ駄目だとの事が急に浮かんだ。こういう時私はどんな妄想をするかと言うと、私が教育奉仕に出かけた時、果たして私にどんな奉仕が与えられるかをまず考える。そして教える役をしたいので放課後授業を進行する考えをする。もしそうなれば、「学生らにどんな風に授業を進めるか」とか「学生らに何の話をして教訓をあたえるか」の妄想をする。私がやる事をいい方向と望みの方向で妄想をするのである。何か苦しい事に遭ってもそれを克服する幸せな妄想をすればその状況と心を克服できる。多分、ほとんどの人々は私のように自分だけの妄想をするはずだ。それが良い事なら構わないけれど、人を殺すような暗い妄想はむしろ現実に良くない影響を与える。でもそれはまた別の話。

 ところで、妄想と言うものは、本来自分自身の心に幸福感を感じるためにする行動だ。だからこそほかの人がそれをなんだかんだと邪魔する権利はない。ただし、現実に他の人に被害が与えるときはそれは間違ったことだと判断される。また、一般の人々はその人の精神状態を知らないから、どんな妄想をしたとは把握できない。結局、自分の妄想は自分でない他の人は知らないものであり、自分の妄想を他の人が防ぐ事は出来ない。

 やりたくて叶えたい物があって、妄想であらかじめ経験する場合もある。自分の未来をあらかじめ考えるのは良い事だ。でも考えるだけで行動に移さないとそれは言葉どおり叶えない妄想に成ってしまう。妄想はただ未来へ行く為の一種の幸せな考えのみで、現実ではない。だからこそその妄想に近付くために私たちはずっと努力を重ねないといえけない。
 このように、妄想が良いものなのか、悪いものなのかは自分次第だ。


< 망상 >
살다보면 누구나 괴로운 일, 즐거운 일, 슬픈 일, 행복한 일 등을 겪는다. 나는 그 일상 속에서도 좋지 않은 일에 마주쳤을 때 행복한 생각을 하고는 한다. 이것을 사람들은 망상이라고 한다.

학교에서 수업을 듣다가 교육봉사를 해야 된다는 생각이 문득 떠올랐다. 이럴 때 나는 어떤 망상을 하는가 하면, 내가 교육봉사를 하러 갔을 때 과연 나에게 어떤 봉사가 주어질까를 먼저 생각한다. 그리고는 가르치는 역할을 맡았으면 하기에 방과후 수업을 진행하는 생각을 한다. 만약 그렇게 된다면 아이들에게‘어떤 식으로 수업을 진행 할까?’라던지,‘아이들에게 무슨 말을 해서 교훈을 주어야할까?'의 망상을 한다. 내가 해야 될 일을 좋은 방향과 원하는 방향으로 망상을 하는 것이다. 무언가 괴로운 일을 겪었더라도 그것을 극복 할 행복한 망상을 하면 그 상황과 기분을 이겨낼 수 있다. 아마 대부분의 사람들은 나처럼 자신만의 망상을 할 것이다. 그것이 좋은 것이라면 상관이 없지만 사람을 죽이는 망상같은 어두운 망상은 오히려 현실에 안 좋은 영향을 미칠 수 있다. 하지만 그건 또 다른이야기.

그런데 망상이란 것은 본래 자기 자신의 기분에 행복감을 느끼기위해 하는 행동이다. 그렇기 때문에 다른 사람이 그것을 뭐라 방해할 권리는 없다. 다만 현실에서 다른 사람에게 피해가 주어졌을 때 그것은 잘못된 것이라고 판단이 된다. 또 일반 사람들은 그 사람의 정신 상태를 알 수 없기 때문에 어떤 망상을 했을거라고도 파악하지 못한다. 결국 자신의 망상은 자신이 아닌 다른 사람은 알 수 없는 것이고 자신의 망상을 다른 사람이 막을 수는 없다.

하고 싶고 이루고 싶은 것이 있어서 망상으로 미리 겪어보는 경우도 있다. 자신의 미래를 미리 생각하는 것은 좋은 일이다. 하지만 생각만하고 행동으로 옮기지 않는다면 그건 말 그대로 이루어 질 수 없는 망상이 되어버린다. 망상은 그저 미래로 가기 위한 일종의 행복한 생각일 뿐 현실이 아니다. 그렇기 때문에 그 망상에 가까워지기 위해 우리는 계속 노력을 거듭해야한다.
이렇듯, 망상이 좋은 것인지 나쁜 것인지는 자신이 하기 나름이다.

ロザリオと数珠

こちら韓国では、ときどき手首に数珠をはめている人を見掛けます。
男子学生の中でもときおりそんな子がいて、
「お、君は数珠をはめてるね」というと、
「佛教徒の母が買ってくれて」とか「ソラクサンに行ったとき、おばさんが買ってくれました」
などといった答えが返ってくることがある。
もちろんアクセサリー(ブレスレット)として
キラキラと輝くきれいな玉の輪をはめている子もいるが、
多くは宗教的な意味から木の玉の数珠などをはめている人が多いようだ。

きょうはそんな話題。下はすべて朝鮮日報からです。

ロザリオと数珠

木の玉を糸に通して作った'腕輪'をした人をみると、周辺の人はまず宗教は何かと聞く。
このように手首にはめるものをカトリックの場合はロザリオ(默珠)、
仏教では短珠(数珠、念珠)と呼ぶ。
名前は違うが形は似ている。なぜ2つの宗教はロザリオと数珠を持つようになったのだろうか。

仏教は数珠に関する教え、つまり釈迦の言葉がある。
'木環子經(モクファンヂャギョン)'だ。
釈迦牟尼は、「心配事が絶えない」というある小さな国王の訴えを聞いて次のように勧めた。
「煩悩と果報の障りを無くそうと願う者は、モクフヮンヂャ(木環子・木の玉)108個を糸でつなぎ、
歩いたり座ったり横になったりするときはいつも温かい心で気が乱れないように仏陀と法と高僧の
名前を呼び、一つずつ木環子つまり木の玉を繰りなさい」。
言い換えれば数珠というのは仏教発生当初から煩悩や悩みを断ち切るために祈りをする道具
として作られたものというわけだ。
短珠(=数珠)は、玉数を減らして手首に携帯できるように手軽に作ったもの。

カトリックのロザリオもやはりキリスト教の年齢とほぼ同年輩だ。
初代教会のころエジプトの砂漠で修行していた隱修者や獨修者たちは、死者と殉教者のために
旧約聖書の中にある詩篇を50、100、150篇ずつ毎日唱えながら祈った。
その時、数えやすいように穀物の粒や果物の実、玉などを150個ずつ糸でつないで使い始めた
のがロザリオの起源だ。

イエス・キリストの誕生、福音宣布と受難、復活と昇天、聖霊降臨にいたる神秘を
聖母マリアとともに黙想する現在のようなロザリオ祈祷は、15世紀ごろに根付いたようだ。

カトリックでのロザリオ、そして仏教での数珠というのは、外見も似ているが祈祷の道具としての
誕生の背景もかなり似ているわけだ。
材料も同様。念珠・ロザリオともに玉の材料は主に木だ。
念珠は菩提樹・イブキ・黒檀・モガンヂュなどで、
ロザリオの玉は主に棗(ナツメ)の木で作っている。

聖ベネディクト会倭館修道院でロザリオを作っている李ヨハン修道士は、
「普通は中国から500年以上のナツメの木の中の堅い部分を輸入して国内の工場に依頼して
玉の形に切って納品され、糸に通して販売する」、「木の玉を作る工場ではロザリオの玉だけ
でなく、念珠も作ると聞いている」と話した。

工場で生まれ、聖堂にも行き、お寺にも行くということ。
しかし最終目的地は、信者たちの信仰心ということであろう。

参考サイト: 
朝鮮日報


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treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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