天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

上杉鷹山(9)

米沢を代表する人といえば、この人「上杉鷹山」。
このブログのカテゴリに「ふるさと」を入れてありますので、
鷹山についてちょっと書くシリーズです。今回はその9回目。
8月16日ブログ上杉鷹山(8) の続きです。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 

鷹山の産業改革は二通りありました。
(一)領内に荒れ地を残さないこと。 (二)民のなかに怠け者を許さないこと、です。
藩領はもともと肥沃でないとはいえ、藩主と領民との努力精進により、15万石の所領でも30万石はもたらすことができると考えました。
したがって農業の奨励に全力を傾注しました。そのため、就任して2、3年後、鷹山は大々的に「籍田の礼」(せきでんのれい)を行ないました。

藩主、執政、郡奉行、代官、教導出役、廻村横目の全員が礼装して、まず春日神社へ進み、神に行事とその目的を報告しました。
一行は、最近開かれたばかりの土地に進み、そこで藩主は、最初に鍬を手にして、厳粛に大地を三度打ちます。
次に執政が9度打ちます。そのあと郡奉行は27度、代官は81度打って、最後はまさに「大地を耕す人」である農夫に至ります。
これは、今後、大地が神聖なものとして扱われ、生活に恵みをもたらすものは、すべて大地から与えられるという期待を、
公然と宣言する意味がありました。決して迷信ではありません!

サムライたちを、平時には農民として働かせ、それにより荒廃地から何千町歩にもなる土地を興しました。
鷹山は、ウルシを広範囲に植え付けることを命じました。藩士はだれも15本の苗木を庭に植えるように求められ、
他はみな5本、寺は境内に20本、植えなければなりません。割り当て以上の苗木を植えた場合は、1本につき20文の報賞金が出ました。
苗木を枯らせてしまい、代わりに新しいものを植えなかった場合には、同額の金が取られました。
この結果、短時日の間に、百万本以上にも達する、この貴重な苗木が、領内に植えられたのです。
これは後世に大きな影響をもたらしました。開墾に適さない地には、百万本余のコウゾ(紙を作る植物)が植えられました。 
                                                『代表的日本人』(内村鑑三)より


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Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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