天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

靴女 _ 学生エッセイ0040

学生エッセイシリーズは、韓国の日本語学科の学生らが書いた文章を紹介するコーナーです。
今回はその40回目で、女子学生CSRさんの作品です。
(違和感のある部分は、ブログ管理者が適当に直してます。)

<靴女>

私が中学校3年生の時からのこだわりの物をひとつ紹介しようと思います。私は靴に大きな愛着を持っています。中学校3年生の時から集めったと記憶してますが、その理由は私もよく分からないです。今うちの下駄箱を見るとほとんど私の靴が詰まっています。靴に関するエピソードを一つ話すと、私は学校以外はどんなところに行くにもいつも靴(スニーカーではなく)を履きます。その理由によって私の足は、20代の足とは思えないほどタコと多くの水疱があります。それで友達はいつも、私に変なこだわりがあるのねっていいながら、「靴女」というあだ名をつけてしまいました。それでも靴は私の分身だと思うので、一か月に2つ以上は必ず買っている品物です。今もすごく多くの靴を持っているんですが私の「靴愛」は多分、妊娠する前までは続くんじゃないかなと思っています。


<管理人のコメント>:毎月2足ずつ買っていたら、1年で24足、5年で120足にもなるわけで、この部分は話半分で理解すべきかもしれませんね。^^それにしてもこの子の「靴愛」はすさまじいものがありますね。男子より女子にこういう「偏愛」があるような気がします。いや、そうでもないか。男でもスニーカー50足持ってるとかサッカーシューズ30足持ってるなんてのがわが学生の中にもいたな、そういや。;;;


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落ち葉

0826_낙엽 


今年はじめて見た落ち葉だ。
2学期がはじまり、今日は二日目。
朝7時20分ごろ仕事場の駐車場に車を止め
図書館前を通って研究室のある建物(本部棟)に向かう。
図書館前の階段のところにこの落ち葉が落ちていた。ひとつだけ。桜の葉っぱ。
上を見あげると、緑の葉っぱの中にちょっと赤みがかったのが
三、四枚ついていた。
いつの間にか秋がもう「そこまで」じゃなくて、「ここまで」来ていたんだ。
暑い暑いとばかり思っていたら、いつの間にか秋なんだ。
「小さい秋」のメロディが頭のなかを駆け巡る。
だれかさんが だれかさんが だれかさんが 見つけた 
小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけた
サトウハチローの詩が
そのメロディとともに流れる。
実にいい詩であり、いいメロディだ。
こういう感性に満ちた詩は、心を豊かにしてくれることは間違いない。
秋から冬、冬から春に変わるときも劇的だけど、
わたしは夏から秋に変わるこの時期が、なんとなくいちばん劇的な感じがして好きだ。
今日は一枚落ちていたけど、たぶん明日は二枚とか三枚とかになり、
次第に赤い落ち葉が増えていくのだろう。
こんな季節の変化に目がとめられるくらいの余裕は
ずっと持っていきたいと思うのだ。
ふるさと米沢は、もう紅葉した落ち葉がひとひらふたひら落ちているだろうか。
北国だけど、桜のもみじはまだのような気がするなあ。。。

一枚の桜の落ち葉に心洗われた朝のひとときでありました。


韓国のスローシティー

韓国の国際スローシティーとして登録されているところは、以下の11か所あります。
今回は一応地名とそのキャッチフレーズだけをアップします。
 

まずは、住所とキャッチだけ。
 
1.全南 新安曾島(ヂョンナム シナン ジュンド)
天のくれた塩田と、もう一つの地球、干潟の物語
 
2.全南 莞島青山(ヂョンナム ワンド チョンサン)
ピングレ(朗らか)に笑う村、屋根のない自然のギャラリー
 
3.全南 潭陽昌平(ヂョンナム ダニャン チャンピョン)
永遠の未来、石塀の道と古宅の村
 
4.慶南 河東岳陽(ギョンナム ハドン アギャン)
お茶があってうれしく幸せな村
 
5.忠南 礼山大興 鷹峰(チュンナム イェサン デフン ウンボン)
全国で最高のつりの名所
 
6.京畿 南陽州 鳥安(ギョンギ ナムヤンジュ ジョアン)
ゆったりくつろげる鳥たちの楽園
 
7.全北 全州韓屋村 豊南洞 校洞(ヂョンブク ヂョンジュ ハノク マウル プンナムドン ギョドン)
韓国固有の建築様式で韓屋村(ハノクチョン)を最初に建設。
 
8.慶北尚州 咸倉 利安 恭儉(ギョンブク サンジュ ハムチャン イアン コンゴム)
古来住みやすく豊かな農業のメッカ
 
9.慶北 青松 府東 巴川(ギョンブク チョンソン ブドン パチョン)
スローライフとecoフードがある山村スタイルのスローシティ
 
10.江原 寧越郡 キムサッカッ面(ガンウォン ヨンウォルグン キムサッカッミョン)
自然、人、文化、芸術の息吹く里
 
11.忠北 堤川 水山 朴達チェ(チュンブク ジェチョン スサン バクタルチェ)
山と水が解け合い美しさ倍増。
0817slowcity.jpg
(
http://cittaslow.kr/new/sub02_12_01.asp)
11の 朴達チェ(バクタルチェ)は、わたしも一度行ってみたことがあります。
とてもきれいなところです。
まさにスローライフ、スローシティです。
 

ちなみに、日本のスローシティーは、「気仙沼」が2012年の10月ごろに
日本第一号として認定されているようですが、まだ日本はそれほど活発ではないようです。
現在のところ、気仙沼に続いて認定されている町はないものと思われます。
 


スローシティ[Slowcity] について。(naverより)

公害のない自然の中で伝統文化と自然を保護しつつ
自由な昔の農耕時代に戻ろうと
スローの人生を追求する国際運動「悠々自適な都市、豊かな村」という意味の
イタリア語チッタスロー(cittaslow)の英語式表現だ。

1986年ファーストフードに対して開始されたスローフード運動の精神を
人生に拡大した概念で、

伝統と自然生態を保全しながらスローの美学を基盤に
人類の持続的な発展と進化を追求していく都市という意味だ。

この運動は、イタリアの小都市グレベインキャンティ(Greve in Chiantti)の市長
パウロサトゥルニニが創案し、スローフード運動を展開していた1999年10月、
ポシタノをはじめ4つの小さな都市の市長らが集まって、
スローシティを宣言したことから始まった。

以降、欧州各地に広がり始め、
2009年7月現在、世界16カ国110余りの都市が加入している。

静かな朝の国_教皇が残したもの

8月18日(月)に韓国を発ってバチカンに帰ったフランチスコ教皇。
4泊5日のこの期間中、まさに強行軍だった。

バチカンのローマ教皇は、
ペテロを第一代として今フランチスコ教皇が第266代ということ。
聖書に登場するあのペテロが教皇庁の建物の下に眠る。
こんな神話のような話が、実際にこの世で繰り広げられているということを思うと
なんだか不思議で気が遠くなりそうだ。

これまでの教皇はみな威厳があって、ちょっと近づきがたい存在だった。
けど、今回のこのフランチスコ教皇は、愛嬌があって赤ちゃん好きで、
とても活発な人だ。茶目っ気もふんだんだ。
自分に厳しく他人に寛容。これを身をもって実践している。

韓国への教皇訪問は、25年ぶりという。
この前はパウロ2世、1989年のことだったように記憶している。
空港に降りるや、大地にしゃがんでキスした場面が印象的だった。

今回のフランチスコ教皇もなにかやるのかな、と皆思ったが、
そういう特別のイベントはやらなかった。
あくまでも静かに、自然に、わざとらしさがなかった。

彼が韓国滞在中に残してくれたものは
内的、外的、いろいろのものがありそうだ。
聖書の聖句を使いながら、
人は何回まで「許し」を実践すべきでしょうか、との問いに
77回(実際には無限に)までも「許し」は実践しないといけないと説いた。
「許し」こそ、平和をもたらす一番大切なものと言い切った。

そして、「祈り」をしなさいとも言われた。
世界の平和のために、人類のために、今属している世の中のため、
祈りなさいと。
とくに韓国は、「静かな朝の国」という表現を用いながら
昔からたくさんの侵略や戦争や人権蹂躙(外圧)に苦労してきたと慰労し、
慰安婦のおばあさんらの手をとって、長い時間、
おばあさんらの話に耳をかたむけ、
ともに痛みを味わうように、非常に丁寧におばあさんらと接していた。
あの丁寧さは、ほんと、見習いたい態度だった。
忙しいわけだから、パッパカパーと手をとり握手しキスしさっと去っていって
次の人と握手、、、のようにもやればやれたのに、
一人一人に充分の時間をとってその痛みをともに分かち合っているようだった。
あれを見ていた全世界の人々が深い感慨をもっただろうとわたしは思う。
教皇は、南と北の統一のために祈り、
慰安婦のおばあさんたちのために祈り、
セウォル号の犠牲者らのためにも祈ると約束してくれた。

「許し」ということばと「祈り」ということば、それに
赤ちゃんへの限りない愛情。
これらがフランチスコ教皇の4泊5日の間、われわれに残してくれた
尊い宝物じゃないかとわたしは思っている。
カトリックだのキリストだのを離れても
とても重要な訪韓だったという気がする。
フランチスコ教皇、ありがとう。

カトリックの信者が日本は5万、韓国は500万という数字がどこかに出ていた。
数はそれほど重要なファクターではないのかもしれないが、
教皇としては、日本よりは韓国のほうに軸足があるとしてもそれほどおかしくはない。
でも、日本も津波・放射能で苦しんでいる。
日本のためにも祈りの時間をもってほしいと切実に思う。
教皇様、日本のこともお忘れなく^^。

上杉鷹山(8)

米沢を代表する人といえば、この人「上杉鷹山」。
このブログのカテゴリに「ふるさと」を入れてありますので、
鷹山についてちょっと書くシリーズです。今回はその8回目。
7月20日ブログ上杉鷹山(7) の続きです。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 


そこで藩主は、ただちに家臣全員を総会に召集しました。家臣は武装して何千人も城内に集まり待機しました。この間、藩主は春日明神に加護を求めて出向き、難問の無事解決を祈願しました。その後、大事な家臣らと会い、自分の政治が天意にかなってはいないのか、と彼らに尋ねました。執政たちは「いいえ」と言いました。廻村横目も一人残らず「いいえ」と答えました。隊長も隊士も「いいえ」です。異口同音に「いいえ」です。藩主は満足しました。民の声は神の声であります。腹は決まりました。藩主は7人の重臣を面前に呼び、判決を言い渡しました。そのうちの5人は所領の半分を没収され、無期閉門となりました。首謀者の2人は、サムライの作法にしたがって、名誉ある自決の方法のハラキリ、切腹を言い付かったのであります。
 こうして保守派と不平派は一掃され、藩政は大きく好転しはじめました。これが済むまでは、どんな改革も完成ではありません。若き藩主は、篤い信仰心と感性とを有するにもかかわらず、真の英雄でした。この藩主からは、今後、盛んな治世を期待できるでしょう。 


                                                  ここまで上杉鷹山(8)。『代表的日本人』(内村鑑三)より



国際数学者会議

国際数学者会議というのをご存じだろうか。
4年に1回オリンピックみたいに開かれている世界の数学者たちの大会だ。
今年2014年は、韓国のソウルで8月13日から21日までの9日間開かれる。
ノーベル賞に「数学賞」のないことがよく話題になる。
アルフレッド・ノーベルが彼の片想いの女性に振られてしまったが、
この女性が数学者だったという説とか、いろいろの説があるみたいだ。
真偽のほどはわからないものの、一つ言えることは科学の中で王様とも言える数学賞がないのは、
ほとんど(わたしには)信じられない出来事ということ。
人間社会にすぐに応用ができて社会貢献がすぐ可能な応用科学にだけノーベル賞というのが与えられているのかもしれないが、その基礎の中の基礎である数学に賞がないのは、なんとも不思議でならない。
賞がなくても、しかし数学は、一人孤高の姿ではるかに続く道をとぼとぼと歩いていくのであろう。

下の引用記事にもあるが、フィールズ賞という賞がこの大会にて与えられる。
このフィールズ賞というのは、40歳以下の数学者に授与される数学分野最高の賞。
国際数学者会議の開会式で、開催国の国家元首が直接授与するのが慣例となっている。
世の中でフィールズ賞などといっても通じないのかもしれない。数学には普通あまり関心がないですから。

でも、この賞は、考えてみるとすごい賞なのだ。
ノーベル賞は毎年ある。でもこの賞は4年に1回だけ。
しかも40歳以下の人だけが対象となっている。40を越したら資格がなくなってしまうわけだ。
40歳になるまで大きな業績をあげてしまう必要があるけど、それって、ものすごく困難なことだ。

日本はこれまでフィールズ賞受賞者が3人いる。しかし1990年の森重文以来22年、フィールズ賞からは遠ざかっている。ちなみに韓国は、まだゼロだ。今年2014年はソウルで開かれるので、もしかすると1人はでるのかもしれない。2008年頃から、非常に有望な学者がいるという報道がなされていたが、いまだに賞をもらったという報はないから、この有望な学者(イ・スンホ氏)がもしかすると今年サプライズするのかもしれない。日本の3人は、小平邦彦(1954年)、広中平祐(1970年)、森重文(1990年)である。日本は国籍別順位では5位である。東洋系の受賞者は上記の3名以外に、丘成桐(中国系米国人1982年)、陶哲軒(中国系オーストラリア人2006年)、ゴ・バオ・チャウ(ベトナム人2010年)の3人がいる。

♦ここから引用♦
ASIA NEWSより(
http://asianews.seesaa.net/article/393774530.html

世界100カ国以上から5,000人余りの数学者が参加する国際数学者会議 (International Congress of Mathematicians、以下「ICM」)が、2014年8月13日から21日までの9日間にわたり、韓国ソウルで開催される。「数学のオリンピック」と称されて115年もの伝統を受け継ぐICM は、4年に一度開催される、数学分野において最も重要な学術的会合であり、数学のノーベル賞とも呼ばれるフィールズ賞 (Fields Medal) が開催国の国家元首から直接授与されるという伝統を持ち、各メディアや一般社会の注目が集まる。フィールズ賞の受賞講演をはじめ、アーベル特別講演 (Abel Lecture) や国際碩学招請文化講演など様々な講演会や討論会が開かれる。韓国の数学者は、2014年のソウルICMをきっかけに、隣国である日本の数学者との交流が益々活発に行われる事を期待している。

♦ここまで引用♦


2014国際数学者会議組織委員長 朴炯柱(バク・ヒョンジュ) ポハン工大敎授の
日本の数学学会にむけてのお知らせ↓
http://mathsoc.jp/publication/tushin/1704/kaiho174-ICM2014.pdf


ローマ教皇フランシスコ、韓国へ。

アルゼンチン出身の教皇フランシスコは、1936年12月17日生まれで、教皇就任は2013年3月13日。
コンクラーベで選ばれて第266代ローマ教皇となった。
非常に庶民的で倹約を旨とし、人々に暖かく語りかけるその人柄は全世界から絶大な信頼と人気とを誇っている。この教皇が2014年8月14日に韓国を訪れる。韓国は8月13日から国際数学者会議が開催され、すぐこの教皇お迎えの日となる。慌ただしい日々が続く。
キリスト教国の韓国は、ローマ教皇の知名度や人気が非常に高く、
人々の関心はワールドカップほどにも高まっています。

0809교황님
 <写真の中の韓国語>
KBSでは、教皇フランシスコにお伝えしたいことばを集めています。
emailと掲示板に自分の写真と教皇へ伝えたいメッセージを送ってください。
全国から集まった写真とメッセージは、KBSニュースHPを通して紹介し教皇にお伝えする予定です。

下はKBSニュースからです。


♦ここから引用♦
<アンカーコメント>
8月14日に訪韓するローマ教皇が韓国国民に伝える映像メッセージをKBSを通じて送ってきました。
フランシスコ1世はもてなしに感謝しますとし、
韓国国民たちと愛と希望を一緒に分かち合いたいと言いました。
ノテヨンの記者です。

<レポート> <録音>
 教皇 :  "愛する兄弟姉妹の皆さん! 数日後私は神の導きで、韓国で皆さんと一緒にいるのです。"
 固有の白いガウンをまとった教皇は、まず、感謝の意を伝えます。

<インタビュー> 教皇:  "今までみなさんが見せてくれたもてなしに感謝いたし、
皆さんが私と一緒にこの使徒的旅程が、韓国の教会や社会のために実を結ぶように一緒に
祈ってくださることを望みます。"

殉教者たちに対する<福者宣言>も再度明らかにします。

<インタビュー> 教皇:  "復活したキリストの光が、尹持忠(ユン・ジチュン)パウロと123位の同僚、
すべての信仰の殉教者たちの証しとして輝きます。
私は来る8月16日、ソウルでこの方たちを福者として宣言いたします。"

韓国の兄弟姉妹達と愛と希望を共にしてみたいというフランシスコ。

<インタビュー> 教皇:  "キリストの名のもと、愛と希望の福音を皆さんと一緒に分かち合おうという喜びで私は皆さんのところに参ります。神様が皆さんを祝福し聖母マリアが皆さんを加護してくださることを祈ります。"

KBS:http://news.kbs.co.kr/news/NewsView.do?SEARCH_PAGE_NO=&SEARCH_NEWS_CODE=2908620

♦ここまで引用♦

上のニュースの内容中、尹持忠パウロ云々という部分は、
尹持忠パウロという韓国の殉教者と123人の同僚らを「福者」としての称号を与え、栄誉を祝するということです。「福者」というのは、カトリックでの特別な用語ですね。


住めば都(天安の人口)

このブログ、タイトルが「天安からアンニョン」です。
天安というのはチョナンと発音し、今わたしが住んでいる場所です。
この天安。

その人口の推移を表で掲げてみます。数字をちょっとご覧になってください。

1963年  62,819人
1973年  82,284人
1983年  137,143人
1993年  195,699人
2003年  445,485人
2013年  59万6171人(1月17日現在)
2013年  60万人突破(5月9日現在)
2014年     61万1581人(5月末現在)。

天安について簡単に説明すると、
まず、ここは忠清南道(チュンチョンナムド)という区画に属し、
ソウルから南に80kmほどのところにあります。

ソウルから地下鉄が通っていて、地下鉄なら1時間20分くらいでソウルに着きます。
KTXとか一般の汽車(ムグンファ号など)も走っているので、
交通の便は非常にいいです。

昔からこの天安は交通の要衝としても有名でした。
「天安三距離」(チョナンサムゴリ)という場所があり、
意味は「天安の三叉路」というような意味ですが、
昔、ソウル(漢陽)から出発して旅をする場合(慶尚道と全羅道へ行くためには)、
必ずこの「天安サムゴリ」を通ることになっていて、交通の要衝だったわけです。

「天安サムゴリ♬」という歌まであります。

また天安にはいろいろの大学がごそっと集まっているため、
ソウルから毎日大学に通う学生らも多いです。
朝、4時、5時起きして学校に来るんですね。すごいです。

この天安市の人口推移を上に掲げました。

1993年から2003年の10年ぐらいがダントツで増加していますね。
これは、ノ・ムヒョン政権が、
忠南のヨンギ郡に政府の庁舎を移すということを発表した影響じゃないかと思います。
(このヨンギ郡、今は世宗市となりました。)

1990年頃、用事があって1度、2度天安市に来たことがありましたが、
そのときは、バスターミナルの付近は、ターミナルの建物だけがボッと建っていて、
周りはみな原っぱや田んぼでした。

あの当時は、上の表を見ると、だいたい15万人ぐらいだったんでしょうね。
わたしは、2002年2月に仕事の関係でソウルから天安に引っ越して来ました。
そのときにもすでに40万人は越えていたんでしょうね。

どうりで、アパートがなかったわけです。
引っ越し前、天安市内のアパートをいろいろ探したんですが、
ほとんど契約済で残っているのはわずかでした。どうにか契約できたのが今のこのアパートです。

ターミナルの近くで、住んでみるとすごくいいところです。
窓から見るとすぐ左側、方角では東の方角に、大きい市民公園を造成するための工事が進行中です。
公園ができたら、またわがアパートの位相、ワンランク上がりますね^^。

なぜこんな記事を書いたかというと、この天安、人口増加率が韓国では一番なんです。
去年2013年の5月9日に60万の大台を突破しました。

1960年ごろはだいたい6万人。それが2014年で61万超え。
だいたい50年の間に10倍に増えているわけです。

人口が10倍に増えているところが、日本の地にもあるでしょうか。
埼玉、千葉といった東京のベッドタウンの町町は、ひょっとすると10倍という声が
聞こえてきてもおかしくはないのかな。

韓国では、この天安(チョナン)以外ありません。^^

急激に増えていた1990年代から2000年代の初めころは、いろんな事件、事故がありました。
よそからいろんな人が入ってくるためだったんでしょうね。
現在は天安の世相もかなり落ち着いてきていて、凶悪犯罪はあまりなくなりました。

50年で人口が10倍に増えた町、天安についてでした。^^(たぶん)

ちなみにわが日本のふるさと・米沢は
上杉鷹山の江戸時代のころから
わたしが義務教育で通っていたころまでは
「10万市民の台所」なんていうヨークベニマルかなんかのキャッチフレーズが叫ばれてました。
ずっと10万人くらいだったんですね。
それがだんだん減っていって、現在は8万数千人というレベルだと思います。
日本のどこの田舎も同じなのかもしれません。過疎になってますね。
一抹の寂しさを感じさせられます。
こういっているこの本人も、その過疎の片棒を担いでいるわけなので、
なんとも申し訳のたたない立場ですね。;;;


雨は翠


雨は翠(みどり)


大粒の雨がものものしい音をたてながら降る
夏の雨
翠にうるおう木々の葉っぱをさらに緑に染め
大気を洗い清め
道路の土くれを流しさり
雨は絶え間なく降り続く
雨降る音はわたしの耳に心地よい

ザーザー ゴーゴー
ポタポタ ボタボタ
ジャージャー ジャージャー

20種類にも30種類にも及ぶ音が聞こえてくる
車が走るとさらに音の種類は追加される

シュアー ツーン

きょうはカミナリさんも大会参加だ
ピカッと光り、五秒六秒
ドカーン とくる

その轟音(ゴーオン)のおそろしいこと
たまたまがちぢみあがるとはまさにこのこと

さみだれを あつめてはやし もがみがわ

芭蕉の俳句が思い出される

さみだれを あつめてすずし チョナンチョン(天安川)

翠の玉のような雨が
際限なくおちてくる
みどりに色づいた雨が
ロックを奏でながらおちてくる

夏の夕
翠の雨で くそ暑い不快さも
さっぱりすっきりすずしい風

サマセット・モームに「雨」なる小説があったなあ。
(今すぐに読みたい。でも手元にはない)

どういう話だったか完全に忘れてしまったけど
みどりの雨を窓外に見て
想像たくましく思ってみる
わくわくしてくる気分になるまで。

ガラス戸の外は天を引っくり返したような雨。
ふりしきる雨の音の中から自然の喜ぶ声が聞こえてくる。

ガラス戸の内は雨を好む人間が二人
マグカップにコーヒーをたっぷり。
雨降る音で会話はあんまり聞こえない
聞こえなくても大丈夫
雨が雄弁に語ってくれてるじゃないか。


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プロフィール

treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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