天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

背 _ 筆者のエッセイ0009




  韓国に来てから不満はない。しかしひとつだけちょっとひっかかるものがある。背が低いと言う声をきくようになったことだ。日本にいたときは背丈のことでいやな思いをしたとかもないし、第一背丈について考えたことがなかった。一六五センチなのだが韓国へ来てからというもの、いつも背丈のことで考えるようになった、というよりコンプレックスをもつようになったといえようか。背が低いということを多くの機会に聞くようになったから。女子学生らがいみじくも言ってくれたものだ。「キョースニムン チャル センギョンヌンデ キガ チョム」と。つまり「先生はハンサムなんだけど、背がちょっとねえ」というわけだ。

  中国の古書(魏志倭人伝など)に、日本のことを「倭」と記し、背の小さい人が多いこと、半腰にして丸くなり四、五人で話す風景が記録されているという。渋谷あたりで少年たちが半腰で丸くなりタバコを吸いながらなにやらぺちゃくちゃしゃべっている風景とほぼ同じ感じだ。昔から日本人はこういうスタイルが好きだったのかもしれない。

  たしかに韓国に来て驚くことの一つは、地下鉄などに乗ると若者はもちろん、お年寄りがたもほとんどわたしより背が高いことだ。70代、80代とおぼしき方々がそろいもそろってわたしよりも背が高いのだ。たいてい170センチくらいはあろうか。 

  ところで、ネットを検索してまた驚いた。OECDの「Society at a Glance」という機関で出したデータだというが、これによると日本男性の平均身長は171.6センチ、韓国男性は171.2センチでなんと日本のほうが韓国より背が高いという結果がでているではないか。なんでなんだ? 韓国での生活の中での体感としては、このデータはとてもわたしには信じられない。何かまちがっているんじゃないか。データというものは、標本の取り方、加工の仕方などによっていろんなバイアスがかかり、真実を表わしていないことも多い。この世界身長データがまさにそれではないのか。

  ここでデータを批判するのが目的ではないのでこれについてのコメントはこれくらいにするけど、韓国に来て、一度地下鉄に乗ってみていただきたい。お年寄りの方々の背の高さに驚かれること請け合いである。否、という方がおいでの場合は、ぜひわたくしのほうにご一報いただければ幸いである。                  


                                                                                    
  (『おしょうしな韓国』より)
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ことわざと「9」という数字


ことわざには動物が関係しているものがたくさんあります。
今日は突然ですが「猫」に関する代表的なことわざを御紹介したいと思います。

0719neko.jpg   猫写真 http://blog.naver.com/spectrum23?Redirect=Log&logNo=150114710395

♦ここから引用♦

■日本語の定番「猫」のことわざ5つ
・「借りてきた猫」(かりてきたねこ)
・「猫に小判」(ねこにこばん)
・「猫の手も借りたい」(ねこのてもかりたい)
・「猫をかぶる」(ねこをかぶる)
・窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)

「窮鼠」とは、追い詰められて逃げ場を失ったネズミのこと。
追い詰められると弱いものでも強いものを負かすことがあるというたとえですね。


さて、英語版はいかがですか。どのくらいごぞんじでしょうか。

■英語の定番「猫」のことわざ5つ
・“A cat has nine lives.”
「しぶとい、執念深い」という意味。
直訳すると「猫には命が9つあるので簡単に死なない」ですが、
これは猫が窮地を脱するのがうまく、たくましい生き方をするためです。
9の数字は古代より縁起の良いものとされているため、猫にぴったりの数として伝えられています。

・“It's raining cats and dogs.”
非常に有名な英語のことわざで「土砂降りの大雨」の意味です。直訳すると「猫と犬の雨降り」ですが、猫と犬が一緒にいると収拾がつかなくなることから、このような意味になったといわれています。

・“Care killed the cat.”
「心配は身の毒」、「病は気から」といった意味で使われます。「猫に世話を焼きすぎない方がいい」という考え方です。

・“When the cat's away, the mice will play.”
「鬼の居ぬ間に洗濯」の意味で使われます。‘mice’は‘mouse’の複数形なので、直訳すると「猫が離れていればネズミたちは遊ぶだろう」になります。

(出典:マイナビニュース http://news.goo.ne.jp/article/mycom/life/mycom_799322.html

♦ここまで引用♦


わたしも猫が大好きなのでこういう記事には関心がありますね。
英語版はほとんど知らないものばかり;;;
勉強不足ですね。

でも、「9」という数字が古来より縁起のよい数字として扱われてきたという話はおもしろいですね。
日本ではあまり聞いたことがなかったと(わたしの記憶では)思いますが、
韓国では、9はいろいろのところに登場する重要な数字です。

たとえば漢方薬を作るようなときに、9回繰り返して濾す(こす)とか、
9回焼くとか、のように。

ところで日本の猫に関することわざ・慣用句をいつか調べたことがあるんですが、
171個もありました。

韓国の場合は、30個程度と、やはり日本の「猫好き」の傾向は
こういうところにも現われているものだなと思ったものでした。
これについての詳細は、いつかまたこのブログでご紹介したいと考えています。

きょうは、だれでも知っている猫のことわざ(日本語版)と
あまり知られていない英語版の5つずつをご紹介しました。(マイナビさんありがとう)



上杉鷹山(7)

米沢を代表する人といえば、この人「上杉鷹山」。このブログのカテゴリに「ふるさと」を入れてありますので、鷹山についてちょっと書くシリーズです。今回はその7回目。
7月7日ブログ上杉鷹山(6) の続きです。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 

 この三つの役目は、驚くほどうまくかみあって機能しました。一般行政上の政策は、郷村頭取と郡奉行の手で実行されました。しかし鷹山は、「教育のない民を治めるのは手間がかかり効果もあがらない」と言って、そのような教育が教導出役によってほどこされ、「すべての人々に生命とあたたかい血を通わせ」ました。だが、その教育も規律を欠けば、やはり効果が上がりません。それで、もっとも厳しい警察制度によって、教育をより効果的に、慈悲をより目立つようにはかりました。このような民の統制制度を作り上げることのできた若き藩主は、おそらく、人間性についてよほど深い洞察力をもっていたに違いありません。
 この新体制は5年間、他からなんの妨害にあうこともなく実施されました。秩序が現われはじめ、絶望視された社会にも回復の希望がよみがえりました。そこへ、もっとも手痛い試練が訪れました。鷹山でなかったら、きっと挫けていたことでしょう。保守派が台頭したのです。彼らは私腹を肥やすわけではないが、旧態にそのまましがみつく人々でした。改革にはどんな形でも反対する人々でした。
 ある日、7人の重臣は、若き藩主のもとに来て不満を訴え、新体制の即時撤回の口約束を強要しようとしました。藩主は答えませんでした。藩主は、自分の評価を民に託すつもりでした。もしも人々が新体制に反対なら、その地位をゆずり、もっとすぐれた有能な人物に代わってもらう考えでした。


ここまで上杉鷹山(7)。『代表的日本人』(内村鑑三)より


アニメとドラマ _ 学生エッセイ0039

学生エッセイシリーズは、韓国の日本語学科の学生らが書いた文章を紹介するコーナーです。
今回はその39回目で、男子学生KSYさんの作品です。
(違和感のある部分は、ブログ管理者が適当に直してます。)


<アニメとドラマ>
小さい頃からずっとアニメがすごく好きだ。小さい頃には、その時見た漫画が全部韓国で作られて放映されてりうのかと思っていた。セーラー・ムーン、クレヨンしんちゃん、スラムダンク、ダッシュ!四駆郎など、ドゥリ以外には全部日本で作られたアニメだという事実を知って私はびっくりした。なぜならそれまでは韓国がアニメを上手に作っていると思っていたからだ。しかしその事実を知ったとき少しの間衝撃を受けたのだが、それは長続きはしなかった。アニメ好きな私の心は、どこで作ったって構わなかったからだ。その後私は色んなアニメサイトを調べたり色んなアニメを見て韓国で作られた漫画も見てきたけど、やはり韓国のアニメは日本のアニメに比べたら蚊の涙だった。内容はもちろん構成、完成度などが日本のアニマにあまりも遅れていて日本のアニメに関するレベルはほんとに素晴らしいと思った。光を表現するときの効果をどうやって出すのかは分からないけど、背景などをあまりにも美しく表現するのを見て感動したこともあったからだ。
 一方ドラマの話に移ると、私はドラマもかなり好きだから日本ドラマ・韓国ドラマをかなり見てきたのだが、それでもドラマは韓国のほうがもっとましだと思う。内容構成は日本や韓国もそんなに違いないと思うけど、日本のドラマはちょっとぎこちないというかそんな場合が時々ある。韓国のドラマは自然な演技が多い。逆にアニメでは韓国はちょっとぎこちないところがあるんだけど日本のアニメは自然だと思う。私だけの考えなんだけど、それで私はアニメは日本、ドラマは韓国のものを楽しむ方ことにしている。いい作品を見ると感動をもらえるし、一日が楽しくなって、アニメでもドラマでもどこでつくったっておもしろいドラマやアニメがごれからもたくさん出てきてくれることを願っている。


<애니매이션과 드라마>
어렸을때는 물론 지금도 애니를 많이 좋아한다. 어렸을 때에는 그 때 보던 만화들이 전부 한국에서 만들어서 방영하는줄 알고 있었다. 세일러문,짱구,슬램덩크,달려라부메랑등 둘리 빼고 전부 일본에서 만든 만화라는 사실을 알고 나는 깜짝놀랐다. 왜냐하면 그때까지는 우리나라가 만화를 잘 만드는줄 알고 있었기 때문이었다. 하지만 그 사실을 알게된 후 잠깐 충격에 빠졌지만 그 것도 오래가지는 않았다. 만화를 좋아하는 내 마음은 어떤 나라가 만들었든지 상관없었기 때문이다. 그 후 나는 여러 가지 일본 애니매이션 사이트를 알아보고 여러 가지 만화를 보고 한국에서 만든 만화도 봐봤지만 역시 한국 만화는 일본 만화에 비하면 새발의 피였다. 내용은 물론이고 구성 완성도등이 일본 애니매이션에 너무 뒤쳐져있고 일본의 애니매이션에대한 기술은 정말 훌륭하다고 생각한다. 빛을 표현할 때의 효과를 어떻게 내는지는 모르겠지만 배경이나 그런 것을 너무 아름답게 표현하는 것을 보고 감동을 받은 적도 있었기 때문이다.
다른 얘기로 드라마로 넘어가자면 나는 드라마도 꽤 좋아한다 그래서 일본드라마 한국드라마를 꽤 봐왔지만 그래도 드라마는 한국이 더 낫다고 생각한다. 내용 구성은 일본이나 한국이나 그렇게 차이가 없다고 생각하지만 일본의 드라마는 좀 어색하다고 할까 그런게 가끔 있는데 한국의 드라마 연기는 자연스러운면이 있다 이와 반대로 만화는 또 한국꺼는 좀 어색하고 그런게 있는데 일본의 애니매이션은 자연스러운 면이 있는거같다. 나만의 견해이지만 그래서 나는 만화는 일본 드라마는 한국꺼를 즐겨보는편이지만 좋은작품을 보면 감동을 받을 수 있고 하루가 즐거워져서 애니든 드라마든 어디서 만들었든 재미있는 드라마나 애니가 앞으로도 많이 나왔으면하는 바램이다.



アンニョンW杯

2014ブラジルW杯が終わった。
これで寝不足の乱調生活から解放されそう。ある意味、うれしい。

W杯ってものがあるってことは昔から知ってたけど、
日本にいたころは、W杯を見たことなかったなあ。
日本が参加してなかったからだったんだろうな。

見はじめたのは1994年のW杯あたりからだった。
1994年といえば韓国に住んで数年たっていた。

1994年の6月のある日。テレビを見ているとなんでもアメリカでW杯があるという。
韓国は1994年のW杯にも参加していたため、テレビでもW杯を扇る雰囲気が大だった。

サッカーは、小学、中学のころに学校のクラブでいちおう選手としてやっていたため
関心はかなりある。今でもリフティングなら500回くらいは楽にできる。
ボールをくるっと廻すリフティング(この技術、何て言うのかわからないけど)もできる。

何十年ぶりかでサッカーの血がさわぐのを感じ、いつからはじまるのかを調べてみた。
6月17日から1か月くらいかけてあるという。

家で見るのが基本だけど、
この時は、韓国が試合をするときは仕事場(三星グループの綜合研修院)でも見れた。
アメリカでの開催なので、時差があるわけだけど、
記憶では、午前の10時くらいだったか、仕事場では全社員がいっせいにテレビの前に座り
韓国の応援をすることになった。いやあ、おもろい。仕事よりもサッカーか。
韓国っていい国だなあって芯から思ったなあ。

今年2014年は、日本も韓国も1次リーグ敗退という辛い結果となった。
実力がやっぱまだまだだなあと思う。
ゴール前に斬り込める選手がいないのがツライところだ。

ドイツを見ていて思うのは、世界レベルのスターはいないのかもしれないけど、
(でも、今となってはクローゼ、ミュラー、ゲッチェ、キーパーなどは世界レベルのスターだったということがわかったけど)

全員プラス控えの選手までもすべてメッシ、ロナルドの90%以上のレベルのサッカーマンだということ。
一人だけ突出した選手がいても、そのチームは勝てないみたいだ。
全員、まんべんなく突破もできるしゴールもできるし守備もできる、っていうチームが
勝てるみたいだな。メッシくらいじゃなくてもその70から90%くらいの選手で構成されていれば。

それにしてもブラジル、おもしろい結果を残してくれたものだ。
ブラジルでも7対1なんていうスコアで負けることもあるんだと知って、
かなり安堵感につつまれている。

コートジボアールに立て続けに2点くらった日本だったけど、
ブラジルの5点よりは100倍もマシじゃないか。ドンマイドンマイだ。元気を出そう。

サッカー王国ブラジルといえば、点を取るロボットあるいは必ず勝つロボットがやっているような気がしてたんだけど、
そうじゃなくてサッカーってのは、やっぱ生身の人間がやっているんだなってことがよーくわかった。

気持ちが切れてしまうと、さしものブラジルでも立て続けに5点も7点も食らってしまうんだってことがわかって
なんとなくうれしい。

やっぱ人間ってのは、気持ちが第一であって、その次に体ってことなんだろうなと思う。
霊性(心)が第一であってその次に体という構造になっていることがすごくよくわかった。
ブラジルよ、ありがとう。

2014年W杯でのいちばんの収穫は、わたしの場合、今書いたように、
人間ってのは、霊性(心)が第一であり、その次に体という構造になっている
ということをはっきり理解できたことだと思う。(ちょっと大袈裟かな)

ちなみに、ここ韓国。
韓国は昔からW杯に出てたんですね。驚きです。

表にして示しておきます。関心のあるかたはご覧下さい。

韓国のW杯の歴史  出場9回 (5勝 17敗 9分)
1954 1次リーグ敗退
1986 1次リーグ敗退
1990 1次リーグ敗退
1994 1次リーグ敗退
1998 1次リーグ敗退
2002     4位
2006 1次リーグ敗退
2010   ベスト16
2014 1次リーグ敗退
(2002年の4位が光ってますね)


日本のW杯の歴史  出場5回 (4勝 7敗 3分)
1998年:1次リーグ敗退
2002年: ベスト16
2006年:1次リーグ敗退
2010年: ベスト16
2014年:1次リーグ敗退

ちなみにきょうのタイトルのアンニョンW杯は、
「さらばW杯よ」、「W杯よまたね」、「W杯よ、また会おう」などの意です。



コーヒー _ 学生エッセイ0038

韓国の若者、大学生がどんな文章を書くのか。
学生エッセイシリーズは、韓国の日本語学科の学生らが書いた文章を紹介するコーナーです。
今回はその39回目で、女子学生CSRさんの作品です。
(違和感のある部分は、ブログ管理者が適当に直してます。)

<コーヒー>

  私の取っている授業の中で「コーヒー」という教養科目の授業がある。中間テストの試験範囲の中でコーヒーの歴史について学んだのだが、興味深いことにコーヒーの歴史という内容なのに日本という国が出てくるではないか。コーヒーといえば普通欧州からというイメージが強いと思う。ところが『コーヒー』という教科書に日本のことが数多く言及されている。コーヒーを炒れる器具とか、日本人たちがコーヒーを炒れる飲み方、さらに欧州へと移民に行ってコーヒー栽培を行なう日本人など、コーヒーと日本人はとても深いつながりをもっているのだ。
  私がワーキングホリデーで日本にいたときのことを考えてみると、UCCコーヒーショップがとても多かったように記憶している。その時は何も知らなかったため「チェーン店だね、コーヒーの香りがいいね」などといいながら飲んでいたその店が、日本初のカフェだと知ってほんと驚いた。
  店ではアメリカンをよく飲んでいた。注文すると私の席のところに来て不思議な器具で直接コーヒーを煎れてくれたのを思い出す。たぶんそれは日本人が開発した日本式のコーヒーの煎れ方ではないかと思う。
  私は、日本と韓国のコーヒーに関しては「両方ともただ輸入して飲んでるんだろ」となんとなく思っていたけど、日本は韓国より170年も早くから具体的な歴史をもっていたのだ。考えてみると、日本はいつも古いものを大切に保管し保存しているのを見ることができる。韓国も最先端、最新式ばかりを目指すのではなく、古いものを見直し古いものの良さを未来に伝えていく姿勢も必要かと思った。


ヒディンクの助言

2002年日韓W杯で韓国がベスト4にいったときの韓国の監督がゴース・ヒディンク監督。オランダ人。
彼がホン・ミョンボ現監督に対して「監督を引き受ければサッカー人生がだいなしになるかもしれないよ」とアドバイスしていたというニュースです。ヒディンクの言うとおり、ホン・ミョンボはきのう(7月10日)、W杯でのふがいない結果や敗退後のどんちゃん騒ぎさらに土地購入疑惑などをうけて監督を辞退した。ヒディンクの一番の愛弟子のホン・ミョンボがなぜこのような無責任な結末を招来することになったのでしょうか。まじめ、誠実、謙遜、などの代名詞みたいな存在だったホン・ミョンボ。しかし今や彼の名誉は地に落ちてしまいました。
2002年日韓W杯で韓国がベスト4にいったときの韓国の監督がゴース・ヒディンク監督。オランダ人。
彼がホン・ミョンボ現監督に対して
「監督を引き受ければサッカー人生がだいなしになるかもしれないよ」とアドバイスしていたというニュースです。
ヒディンクの言うとおり、ホン・ミョンボは7月10日、W杯でのふがいない結果や敗退後のどんちゃん騒ぎさらに
土地購入疑惑などをうけて監督を辞退した。
ヒディンクの一番の愛弟子のホン・ミョンボがなぜこのような無責任な結末を招来することになったのでしょうか。
まじめ、誠実、謙遜、などの代名詞みたいな存在だったホン・ミョンボ。
テレビ広告などにも頻出していた彼ですが、今やその名誉はかなり厳しいものになってしまいまいました。

♦ここから引用♦

洪明甫(45)監督は10日、ソウル鍾路区新門路のサッカー会館2階会議室で開かれた記者会見で、
「国民に申し訳ない。ワールドカップ16強進出の失敗に対する責任を負って監督を辞めます」
と辞退を発表した。
ヒディンク監督は1年前、まるで愛弟子・洪監督の未来を予言でもしたようだった。
ヒディンク監督は昨年、洪明甫(ホン・ミョンボ)が代表チーム監督の提案を受けた際、監督を引き受けないほうがいいと忠告した。
ヒディンクの懸念は、前途有望な洪明甫が代表チームを率いた場合に考えられる最悪の状況を予見したものだった。
ワールドカップの成績より洪監督のサッカー人生が丸ごとだめになるということを心配した。
その懸念は、洪監督が代表チームを引き受けてから1年後の今、現実となった。

洪監督は2013年6月24日、チェ・ガンヒ監督の後任として国家代表チーム監督を引き受けた。
2014ブラジルW杯本大会を控えて16強達成のためだった。
世界サッカーのトレンドを読むことができる若い指導者、リーダーシップある人物を探していた大韓サッカー協会が切ったカードだった。

ヒディンク監督は洪監督が代表チーム監督に内定したという知らせを聞いて、いろいろと考えたという。
もちろん、洪監督にとっていい機会でもあるが悪い面のほうが多いものと予想した。
洪監督に対する直接的な懸念は、ワールドカップの成績より洪監督のサッカー人生に影響を及ぼす最悪の場合だった。
うっかり監督を務め、災いすることがありうると考えたのだ。
代表チーム監督のポストは「毒の入った聖杯」とした。

ヒディンク監督は、名宝(ヒディンク監督は洪監督をこう呼ぶ。名宝の発音がミョンボとなるのである)が
監督の提案を受けた時に私に『監督はどうしたものでしょうか』と聞くので『やるな』と言った。
「まだ若くて勉強する時であって監督を引き受けるには早い」と忠告した。
「特に韓国マスコミとサッカーの雰囲気に慣れるためにはもう少しヨーロッパで指導者の経験をしながら免疫力を育てなければならない」と助言した。

当時、洪監督は、ヒディンク監督が司令塔をしていたロシアプレミアリーグのアンジで指導者教育をうけていた。
ヒディンク監督は2002韓日W杯のメンバーのうち、洪監督を寵愛した。
アンジで指導者教育を受けさせたのも彼の特別な配慮があってこそ可能だった。
しかし、ヒディンク監督は、洪監督が"代表チーム監督の提案が来て悩んでいると言ったため、心からのアドバイスをしたのである。

洪監督も師ヒディンクの意見をかみしめた。
しかし、サッカー協会の提案は継続し、結局受諾するに至った。
洪明甫がアンジで指導者研修を終えて家族と米国にいる間、許丁茂(ホ・ヂョンム)サッカー協会副会長が米国に来て説得し、
代表チーム監督の発表に先立って、洪監督の代表チーム監督を内定した。

ヒディンク監督は洪監督が代表チームに就任すると、
むしろワールドカップで洪監督が必ずやるべきことをていねいに忠告した。
ヒディンク監督は、「韓国がW杯で良い成績を得るには、2002年当時の闘志と情熱そして何より、組織力を育てなければならない」と述べた。
「韓国が相対しにくいロシア・ベルギーなどヨーロッパチームに勝つためには
親善試合を通じて抵抗力を高め、歯車が噛み合うように組織力を具備しなければ
欧州チームに対する負担を減らすことができない」言った。
また「選手たちは自分を捨てて歯車のように回らなければならない。
組織力は選手たちがチームのために犠牲になってはじめて獲得されるもの」と述べた。

ヒディンク監督は「名宝がアンジで指導者として授業をうけている間、
国際大会の準備をする過程も説明した。韓国が成績を得るには、
競技ごとに異なる状況を前提としたセットプレー戦術訓練を強化しなければならない」と指摘した。
現代サッカーで何より重要なことは、最短時間で守備から攻撃へと転換する訓練と、
セットプレーを通じた得点ルートの確保としながら肝に銘じよと語った。

結果論から見れば、ヒディンクの指摘はいずれも肝に銘じるに足る補薬アドバイス(薬のように霊験あらたかなアドバイスの意)
だった。
ヒディンク監督は洪監督に「代表チーム監督に決まった以上、負けることをおそれずにマスコミに振り回されてもいけない」、
「W杯だけを考える指導者にならなければならない」とアドバイスした。
また「選手たちも監督も切迫感を経験しなければならない。一番大変な瞬間を経験して、
困難に勝てる方法を覚えなければ成績を出すことができない」と言った。

洪監督の任期が1年余りだという点についても「2014年までやるなんてのは話にならない。
1次リーグ3試合で人生を評価されるのがどんなに無理な話か?。
2018年のロシアW杯まで連携することが望ましいと考えている」と洪監督を強く支持する発言をした。
しかし、愛弟子・ホンミョンボは、ヒディンクの懸念どおり1年後の今、サッカー人生最悪の泥沼に陥った。

典拠:朝鮮日報 http://www.chosun.com/

♦ここまで引用♦

W杯まで半月ほど残したあるとき、ホン・ミョンボ監督は自分の土地を買うために韓国国内をあちこち回っていたという報道もあり、これには全国民「あっと驚くタメゴロー」でした。土地を買うのはいいけど、W杯の数日まえにそんなことしていても大丈夫なの? って感じですよね。すべてを反省して一から出直せばなんとかなるかとも思いますが、失なわれた信頼を回復するのは容易なわざではないと思います。でもがんばってほしいですね。がんばれサッカーマン!

それにしてもヒディンクという人間、すごいですね。上にあるアドバイスはすべて日本サッカーにもそのまま当てはまりますよね。最短時間で守備から攻撃への転換、セットプレーにおける得点ルートの確保。蓋し名言。人を見る目、予見する目、包括的に扱う目、こうしたものを豊富に持っている人ですね、ヒディンクという人は。彼の監督人生はこれからもさらに続くんでしょうね。人を見る目、人を生かす目、コントロールし自らも楽しむ目、こういう部分を持ち合わせていた彼だからこそ、2002年のW杯4強は可能だったのでしょう。賄賂をやったんじゃないかとかいろいろの憶測があるみたいです。わたしも韓国の4強はちょっと何かあるのかなとすこーし思ってました。が、この記事を読んでわたしは確信しました。あれはまぐれでも偶然でも賄賂でもない。監督を中心とした全員で勝ち取った正真正銘の勝利であり栄誉ある4強であると。


男女平等 _ 学生エッセイ0037

学生エッセイシリーズは、韓国の日本語学科の学生らが書いた文章を紹介するコーナーです。
今回はその37回目で、女子学生GHNさんの作品です。
(違和感のある部分は、ブログ管理者が適当に直してます。)


<男女平等>

「男は仕事をし、女は家事をして子供の面倒を見る」。この言葉は儒教思想が今も厳然と存在する韓国では当然のことだった。それで大人たちは、このような固定観念がある。しかし最近21世紀において、こんなふうに生きることはほとんど不可能だと思う。住宅価格は上がり物価も上がっているのに、月給はそのままで、男だけ稼いで家族の責任を持つにはあまりにも大きな経済的負担になるからだ。今は女性が仕事することができる在宅勤務可能な仕事場も生まれ、女だけにできる職業もできた。
女性も勉強できる機会が増え、男にも負けないで社会に進出できるようになった。会社でも女性が男性より実績が優れていたら上司は女性を昇進させる。男と一緒に運転もし自分の職業も持って、子どもも面倒を見るような時代が来たのだ。最近は男性も家事を分担してやらなければならない。
例えば、皿洗いや洗濯や掃除をするわけだ。この頃はこのような仕事をしなければ妻に叱られひどい目に遭う。昔は男性は台所に入ってはいけないと言われたものだ。入ったら大目玉をくったものだ。
環境が変われば固定観念も入れ替わる。最近は女性が外に行って仕事をし、男が家で家事と育児を仕切っている家庭もかなり増えている。今はこのような固定観念が消えて、韓国が真の男女平等の世の中になることを祈ってやまない。

<남녀평등>
‘남자는 일을 하고, 여자는 집안일을 하며 아이를 돌본다.’ 이 말은 유교사상이 있는 한국에서는 당연한 일이었다.
그래서 어른들은 이런 고정관념이 있다.
하지만 요즘 21세기에서 이렇게 사는것은 거의 불가능 하다고 본다.
집값은 오르고, 물가도 오르는데, 월급은 그대로이고, 남자 혼자 벌어서 식구를 책임지기에는 너무나도 큰 경제적 부담이 되기 때문이다. 이제는 여자가 일 할 수 있는 재택근무 가능한 일터도 생기고, 여자만이 할 수 있는 직업이 생겼다.
그리고 여자들도 공부를 할 수 있는 기회가 많아져 남자 못지 않게 사회에 진출한다.
회사에서도 여성이 남성보다 실적이 뛰어나다면 상사는 여성을 진급 시킬 것이다.
남자와 같이 운전도 하고, 자신의 직업도 가지고, 아이도 돌보는 그런 시대가 온 것이다.
요즘엔 남자들도 집안일을 분담해서 해야한다.
예를들어 설거지나 빨래나 청소를 하는 것이다.
요즘엔 이런 일을 하지 않으면 아내에게 크게 혼날 것이다.
옛날에는 남자는 부엌에도 들어오면 안된다고 혼이 났을 텐데 말이다.
환경이 변하는 것에 따라 당연했던 일이 고정관념으로 바뀌어진다.
요즘엔 여성이 나가서 일을 하고, 남자가 집에서 집안일과 육아를 도맡아 하는 가정도 많이 늘어나고 있는 추세이다.
이젠 이런 고정관념이 사라지고, 한국이 진정한 남녀평등 세상이 되길 기원해 본다.

わが故郷を伝えるためには日本語は必須

忠清南道の中心都市は大田(デヂョン)という町です。
年輩の方なら「デヂョンブルース」でおなじみですね。
この大田の新聞・大田日報に載ってた記事です。
この地方は日本への輸出品目(野菜、花など)が多いため日本語を重視しているんでしょうね。
日本との関係をさらに太いものにしていってほしいと思います。

♦ここから引用♦

忠清南道の公務員教育院は、第3回日本語プレゼンテーション競演大会最優秀受賞者に錦山郡農業技術センターのキム・ミョンジャ地方農村指導員を選定した。
今回のコンテストは道(ド)と市・郡、合わせて計70人が出席する中、9人の発表者が自分が担当している業務や地域特殊施策、政策提言などに対するプレゼンテーションを日本語で発表して質疑・回答する方式で行われた。
コンテストの栄誉の最優秀賞は、金明子(キム・ミョンジャ)農村指導員の'小さいが強い錦山'が受賞した。キム指導員は発表内容と日本語の発音、発表能力、質疑応答などでどれも高い点数だった。
優秀賞は舒川郡総務課に勤務するチェ・ジャンワン(男・行政8級)主務官と舒川郡生態観光科に勤務するグ・ミンギョン(女・行政8級)主務官が、奨励賞は論山市保健所キム・カナリア(女・保健診療7級)主務官と青陽郡議会事務課のヤン・ジンギュ(男・行政7級)主務官が占めた。
今回の日本語プレゼンテーション大会入賞者には表彰状と賞金がそれぞれ授与されており、参加者にもそれぞれ5万ウォン相当の商品券が与えられた。
一方、今回の大会では公正性の確保のためにネイティブ・スピーカーの大学教授など3人を審査委員に委嘱して発表原稿内容及び文法(20%)に対する事前審査と併せてプレゼンテーションを通じた発音(20%)、発表能力(30%)、質問に対する答弁能力(30%)などを評価して入賞者を選定した。

大田日報 http://www.daejonilbo.com/news/newsitem.asp?pk_no=1123693 キムダルホ記者


♦ここまで引用♦

上杉鷹山(6)

米沢はわが故郷。米沢といえば、この人、「上杉鷹山」(うえすぎようざん)のことを抜きに語ることはできないと思います。このブログのカテゴリに「ふるさと」を入れてありますので、鷹山についてちょっと書くシリーズです。今回はその6回目。わたしのオリジナルの文章ではなくて、内村鑑三(著)『代表的日本人』という岩波文庫の本の中から抜粋してアップしています。内村鑑三の文章のリズムも味わっていただければ幸いです。それではお楽しみください。
6月3日ブログ上杉鷹山(5) の続きです。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 

 適材適所なしに善政は布けません。鷹山の「能力に応じた人の配置」という民主的な考えは、封建政治の世襲的な性格に反するものですが、鷹山はあらゆる手段をつくして人材を登用しようとしました。鷹山は、能力のある人物には乏しい藩庫から惜しみなく手当てを支給し、その人間を三つの異なる地位に分けて、民の上に配しました。
 第一の役は、郷村頭取と郡奉行であります。彼らは「民の父母」として、その小藩の行政一般を担う総監督でした。彼らに鷹山が出した指図の一つには次のように記されています。
  「赤ん坊は自分の知識を持ち合わせていない。しかし母親は子の要求をくみとって世話をする。それは真心があるからである。真心は慈愛を生む。慈愛は知識を生む。真心さえあれば、不可能なものはない。役人は、民には母のように接しなければならない。民をいつくしむ心さえ汝にあるならば、才能の不足を心配する必要はない」
 第二の役は、一種の巡回説教師のような役であります。彼らは「親孝行のこと、寡婦や孤児への慈悲、婚礼のこと、着物の作法、食物と食事の作法、葬式のこと、家の修理のことなど」の慣習や儀式を人々に教えます。そのため全領は12の地区に分けられ、各地区に一人の教導出役(平信徒の司教)を置きました。この教導出役は、年2回集まって合同会議を開きます。またそれぞれ地区の中での仕事の進捗状況を随時、藩主に報告することになっていました。
 第三の役は、もっとも厳しい警察の役です。彼らは、人々の悪事や犯罪を摘発して、罪状にしたがい厳しく罰する役でした。情け容赦なく村や町の隅から隅まで念入りに調べあげました。犯罪者を出すことは、その地区の恥になりました。教導出役は、自分の担当地区から警察の厄介になる者が出れば、その責任は自分が取りました。この二種類の役人に対して、鷹山は次の指図を与えました。
  「教師である教導出役は、地蔵の慈悲をもち、心には不動の正義を忘れるな」
  「警察である廻村横目は、閻魔の正義、義憤を示し、心には地蔵の慈悲を失うな」


ここまで上杉鷹山(6)。『代表的日本人』(内村鑑三)より

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Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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