天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

上杉鷹山(1)

米沢はわが故郷です。
米沢といえば、米沢牛が有名かもしれませんね。

わたしが子どものころはこれほどまでには有名ではありませんでした。
わが家でも肉牛を飼ってましたから、米沢牛ブランドの今日の名声に
ごく小さいながらも何らかの貢献をしていたものだろうと思います。(冗k)

ところで、食べ物を離れて米沢といえば、やはりこの人、
「上杉鷹山」(うえすぎようざん)のことを抜きに語ることはできないと思います。

我々も、小学生のころは鷹山について教えられたものです。
でもガキのころはそんな人のこと、全然関係ないですから、右から聞いて左です。
なにも覚えていません。もっとちゃんと勉強しておけばよかったと今思います。

で、このブログのカテゴリに「ふるさと」を入れてありますので、
鷹山についてちょっと書いてみたいと思います。
わたしのオリジナルの文章ではなくて、
内村鑑三著『代表的日本人』という岩波文庫の本の中から、
「上杉鷹山」の部がありますので、そこから抜粋してアップしたいと思います。
内村鑑三の文章のリズムも味わっていただければ幸いです。

それではお楽しみください。


鷹山が今の羽前の国にある米沢藩の世継ぎとなったとき、まだ17歳の少年でありました。
九州の小大名である秋月家に生まれた鷹山は、自分の家よりも格が高く所領も大きな、
上杉家の養子になったのでした。しかし後述するように、その養子となったのは、
鷹山にすれば有難迷惑なことでした。鷹山は、全国にもまれなほど重い責任を
負わされる運命に出会ったからです。

少年は、自分の叔母から「もの静かで、利発で、幸心厚い性格」として、
米沢の大公に推挙されました。

鷹山の師・細井平洲は、名もない身分から責任ある地位に抜擢された、
学者であり高潔の士でありました。
   鷹山は、他の身分の高い家の子弟と異なり、その師に対し、ひたすら従順でした。
立派な師の細井が、鷹山に繰り返し好んで聞かせた、ひとりの忠順な生徒の話があります。
  
     「大藩紀州の藩主・徳川頼宣は、言いつけを聞かなかったために、
      その師から膝をきつくつねられたことがある。そのときできた膝のあざを、
      そうっと眺めるのが常であった。

    『これは、尊師が私に残した警告である。
                    これを見るたびに、自分を省みて自己と民とに誠実であるかと問う戒めとしている。
                    しかし、残念ながら、あざは年を取るごとに色うすれ、
                   それにしたがい私の慎みもうすれている』。

       英邁な藩主は、何度も、このように述べたといわれる」


スポンサーサイト

 | HOME | 

文字サイズの変更

プロフィール

treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

韓流 (91)
学生エッセイ (79)
ランの窓 (2)
心と体 (12)
韓国のジョーク (4)
ふるさと (52)
詩 (12)
釜山さむらい (6)
数学 (9)
サッカー (11)
筆者のエッセイ (28)
未分類 (30)

カレンダー

02 | 2014/03 | 04
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

検索メニュー

RSS リンクの表示

リンク

이 블로그 링크에 추가하기

ブロとも申請フォーム

블로그친구신청

FC2Ad

Template by たけやん

動画ランキング