天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

わたしが愛読しているメルマが、
痛快!サルもできるツボ療法 No.503」に、おもしろい内容がありました。
ご紹介します。


「足(たる)を知る者は富む」という老子のことばがありますが、
愚痴や貪り、怒りなどの不満(不足)を持たず、
現状に満足し、感謝できる者は、こころ豊かに生きることができる
という意味です。
しかし、これは「足(あし)を知る者は富む」ともとれ、
足は、草木では根に当たり、しっかりした根が枝葉に養分を送って
大きな木になるように、大地をしっかり踏み締めることができる
足の持ち主は、健康・長寿で充実した人生を歩むことができる。
昔から、“老化は足から”と言われるように、
体の中で一番顕著に衰えを感じるところが足でもある。
そして、足が満ちれば「満足」であり、満ちなければ「不足」となる。
足を動かして血液の流れが良くし、足に疲労素が溜まっていない状態は、
こころも身体も“満足”の状態となっていく。
また、“足”という字は、“口”が“止まる”と書き、
足を軽視すると、「おしゃべりすること」「呼吸すること」
「食べること」までもが出来なくなってしまうのです。

実に「あし」は土台石でもありますから、
とても重要な器官なんですね。
わたしも、毎日スクワットを100回くらいやってます。(足りないのかな?)
ごいっしょに、「あし」を鍛えてまいりましょう。


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B型は長生き ?

なにかと物議をかもすB型。
でも、意外や意外。B型は長生き?と題するおもしろい記事がありました。ご紹介します。

♦ここから引用♦
長寿国ニッポン。日本独自の生活習慣や食生活が健康にいいといわれ、
加えて医療制度の充実も長寿の要因として挙げられている。一方、巷では、さまざまな
長生きについての噂が聞こえてくる。そうした俗説の真偽はどうなのか?

●血液型がB型の人は長生きってホント?
ニッセイ基礎研究所が2007年に発表したレポート「長寿科学研究からみる予防行動と健康指導の新たな視点」は、血液型と長生きの関係について触れている。

日本人の血液型頻度はA型4割、O型3割、B型2割、AB型1割であるのに対し、
「100歳以上の血液型頻度はA型34%、O型29%、B型29%、AB型8%という
調査結果があり、B型が長寿傾向の可能性が高いといわれている」と報告しているのだ。

一方、中国の『人民日報』もB型長寿説を独自に展開。
「B型の人は温和で物静か。ゆったりと落ち着いていて、争うこともあまりしない。
長寿の人のうち、B型は83%を占める」(人民日報ウェブサイト日本語版)という。
だけど、B型の人って、温和で物静かだっけ?

●独身だと早死ってホント?
米国、ルイスビル大学の研究グループは、世界中の約5億人のデータを分析した結果、
「独身者は早死にするリスクが高い」と結論づけた。この研究によると、独身男性の寿命は
既婚男性より8~17年も短く、独身女性は既婚女性より平均7~15年短い。
また、独身男性の死亡率は結婚している男性に比べて32%も高く、さらに独身女性よりも
23%高いという。同グループは「結婚していれば、夫婦が互いの食習慣に気を配ったり、
体の調子が悪いと病院に行くよう勧めたりする。つまり、家庭や社会のサポートを得られるという
こと」と分析。「たぶんそうだろうな」とは感じていた人も多いと思うが、独身者にとってはキツイ話だ。

●美人と一緒にいると早死ってホント?
スペインのバレンシア大学は、「魅力的な女性といるだけで男性のストレスホルモンが上昇する」
というユニークな研究結果を発表した。同大は84名の男子学生を対象に、それぞれ初対面の
男子1名、女子1名がいるふたつの個室で数独パズルを解く実験を行なった。すると、
男同士の場合はコルチゾール(ストレスホルモン)のレベルに変化がなかったのに対し、
女性とふたりきりになった途端に数値が上昇。しかも、ふたりきりになる女性が美女であればある
ほどコルチゾールが増えたという。
少量のコルチゾールには幸福感を高めるプラス作用があるが、量が増えすぎてしまうと高血圧や
心臓病につながることも。興奮のしすぎは寿命を縮めるもとになりかねない。

(参考_週プレNEWS_http://wpb.shueisha.co.jp/2013/10/28/22756/)

♦ここまで引用♦

B型の人は本当に長生きなんでしょうかね?
そうであってもらえると、筆者もそれに該当するのでちょっと得した気持ちになりますね。
話のタネとしてはおもしろいですね。
独身の人は早死にというデータが時々見られますが、
これは実際そうなんでしょうね。
美人といっしょにいるのもあまりよくないというデータもあるようです。
これは意外でした。
長生きホルモンが出てくれるんじゃないかと思えるのですが、
そうでもないのかな。

でも問題は、こういう研究結果というのは、論文を書くための一つの方便みたいな部分がある、
ということだと思います。

昔、ナスとキュウリにはなんの栄養分もない、という食品栄養学の本がたくさんありました。
これがわたしが接した一番のウソの研究結果ですね。
ナスには、抗癌作用やその他いろいろの作用があることが今はわかっています。
(キュウリもそうだと思います)
それを何の価値もないみたいな書き方をしていたんです。
(30年前ぐらいのことですけど;;;)

医学や栄養学など、こういう科学の分野は、
ときどきかなり誤った結果が書かれることがあって、
注意が必要だといつも思っています。

これに対して、数学の論文や結果などは、偽りがありません。
ウソがありません。(ほとんど)
数学だけはちょっと科学の中でも別格かなと思いますね。
物理も化学も天文学も、ときどきかなりのミス(ウソ)がまかり通ることがあります。

寂しさは 致命的

♦ここから引用♦

寂しさは人だけの病気でない。スイスと日本の共同研究チームは最近、
国際学術誌 '行動生態学と社会生物学' に
"群集から孤立したアリは、寿命が10分の1に減る"と発表した。

研究陣は働きアリが一匹でいるときと、2匹、10匹が一緒にいる場合、
そして働きアリ1匹が、幼虫3、4匹と一緒にいる場合を分けて行動を観察した。
 
ひとりになったアリは、仲間を探しているのか一時も休まず歩き回る。
それでも餌はきちんと消化できず、エネルギー不足状態に陥った。
オーストラリアのメッケリー大学のケンチェン教授は
"仲間から食物消化に必要な腸内細菌をもらえないため"と推定した。

アリは餌を食べるとすぐには消化をせず、'社會胃'という特別の袋にためておく。
お腹がすいた仲間が触角で口の下のひげを刺激するとき、'社會胃'から餌を吐きだす。
ひとりになったアリは、このような栄養交換ができず、問題が生じるというわけだ。

様々な条件で観察した結果、働きアリが単独であれば、寿命が6日にしかならなかった。
しかし集団になると、最大66日まで寿命が伸びることが分かった。


これは人にも役立つ。

人も寂しさが過度になれば、命まで脅かされるからだ。
米シカゴ大学・心理学科のジョン・カシオポ教授は、
昨年、米国科学振興協会(AAAS)の定例学術大会で
"寂しさは、老年層の早期死亡の可能性を14%増加させる"と発表した。
2010年の研究では、寂しさが肥満より早期死亡に2倍も大きな影響を与えることがわかった。

家族や友人が危険状態にあるか、どうやって把握することができるだろうか。
科学者たちは二つの兆候を提示した。

第一に、米テキサス大学の研究陣は、
孤独な人ほど、同じ場所でTVドラマをまとめて見る傾向があると今年1月に発表した。
テキサス大学広告広報学科博士課程のソン・ユンヒ研究員は
"ドラマの過度な視聴は、疲労感や肥満といった健康問題も起こしかねない"と話した。

第二は、人ではないある対象に人の顔を見るように感じるようになること。
米ダートマス大学の研究陣は、人形と人の顔写真を多様に合成して大学生たちに見せてみた。
人の顔との類似度が、0%の人形から100%の本物の人の顔まで、
グラデーション的に連続する写真だった。

学生たちは平均的に類似性が68.9%以上になってはじめて人の顔と判断した。
しかし、事前に心理検査で寂しい状態と現れた大学生たちは、
それより人形に近い顔でも、人の顔とみなすことが明らかになった。

映画 '彼女(Her)' で、手紙の代筆作家である主人公は、0209영화 Her_에서
コンピュータにインストールした対話型の人工知能プログラムと恋に落ちる。
科学者らは極端な寂しさに陥れば、ロボットやコンピューターゲームのアバター、
ペットみたいな非人格的存在も人のように思うようになると見ている。

参考サイト:朝鮮日報
http://premium.chosun.com/site/data/html_dir/2015/02/09/2015020900397.html?csmain

♦ここまで引用♦


若者なら恋人が必要、ということですね。
年老いた方々には配偶者ということですかね。
異性でなくても、友だちのような存在も意義はあるのかな。
寂しさというのは、こんなにも致命的だったとは、はじめて知りました。
アリの実験での66日、対、6日というのはすごいですね。
仲間といっしょであれば11倍長生きということですね。
たまには孤独もいいですが、寂しさにまみれた孤独は寿命を縮めてしまいそうです。
誰かといっしょにいる生活をしたいですね。

女性の柔らかさ

オスとメスのちがいについてのおもしろい実験のお話です。いつもお世話になっている「サルでもできるツボ療法」からの引用です。

♦ここから引用♦

 うさぎの足にギブスを巻いて、雄(オス♂)と雌(メス♀)の習性の違いを比較する実験がある。
ギブスを巻かれ、自由を束縛された雄♂うさぎは、好物の餌に目もくれず、必死に噛み切って外そう延々と試みる。一方、雌♀うさぎは、しばらくはギブスを外そうとするが、それがダメだと判るとあっさりあきらめ、餌に食らいつき、ギブスを気にせずいつもの生活に戻っていく。その結果、雄♂の体力は弱り、雌♀より早く死んでしまう。一つのことに心をとらわれて、そこから離れられない執着のこころが、寿命にも健康にも影響するのである。

 似ているようだが、日本人女性の平均寿命が男性より7歳ほど上回っているのも、肝っ玉母さん的な一種独特のしたたかな強さがあるからかもしれない。そして経済的な問題で苦しみ、恋愛の問題で悩み、人間関係でつまづいて自殺する女性は、男性の半分以下という。それらにとらわれないおおらかな大地のような女性のこころが影響しているのではないだろうか.....。 
  
 痛快!サルもできるツボ療法 2014/11/10 第475号  http://www13.plala.or.jp/kousei/


♦ここまで引用♦

女性性というものの偉大さがよく理解できる実験だと思いますね。
男性性よりは女性性のほうがより柔らかく、より包容力があり、よりタフなんだと思います。
政治も、本来は女性がリーダーとしてやっていったほうがいいのかもしれませんね。
わたしもオスですが、オスの執着性とかオタク性とか闘争性に、
常日頃から辟易しているものです。
もっと柔らかく生きていきたいもんだと、いつも思う次第です。はい。

幸せの秘法

朝鮮日報にまたまたすばらしい記事がありました。
グーグルで瞑想のコーチをしている瞑想の専門家チャド・モン・タンの講演の内容です。
「幸せの秘法」。ご一読のほど。
以下、すべて朝鮮日報からの引用です。

 '人文学のアゴラ : どう生きるか' で、チャド・モン・タン(Chade Meng Tan)、グーグルの瞑想の専門家が「幸せについて」というテーマでした講演内容を要約する。

私の名前はモンだ。グーグルではエンジニアであり、'愉快で有能な役員(jolly good fellow)'という肩書きを持っている。グーグルの入社初期の肩書きを'グーグルフェロー(エンジニアの中で最高職級)'となってたので、冗談で"なぜ?jolly good fellowとすればもっといいんじゃない"って言ったら、みんなクスクス笑った。面白いと思って使用し始め今までずっと使っている。

グーグルには「20%の時間」といって勤務時間中の20%はやりたいことをすることができる。私はその時間を職員の感情知能(EQ)を啓発するプログラムの開発に投資した。コースの名前は「君の内面を検索せよ」だったが、グーグルで最も人気のあるコースになった。その後、本も書き、ダライ・ラマとジミー・カーター元米大統領が推薦書を書いてくれた。これが良い本という証拠だ。ダライラマやカーターのような方が、どうして同時に誤った判断をすることができようか?(笑)

       1109Mon_Ricard.png  (写真) モン(左)とマチウ・リカール僧侶。

この仕事をしていて出会った最も有名な人はマチウ・リカール和尚だ。世界で一番幸せな人として知られた方だ。もともと1972年にフランスでノーベル賞受賞者による指導の下、微生物学の博士号を取った学者であった。ところが、チベットに行って修道僧になり、40年間冥想をしながら暮らしてきた。

ダライ・ラマが、瞑想が脳にいかなる影響を及ぼすのかに関心をもったとき、マチウ・リカールの脳波を測定してみようと語り、実際に脳MRIを撮ってみたところ、幸せや肯定的情緒を表すとして知られている左前頭葉が非常に活発だった。正直、他のチベットの修道僧たちも似たような数値だったが、マチウ・リカールが最初の実験対象であることから世界初で最も幸せな人と公認された。

・幸せとは、充満した存在の感覚

マチウ・リカールは幸福とは、健康な心から湧き出る充満した感じだと話す。これは単純な快感や楽しさ、またははかない瞬間的感情や気持ちとは異なる最適の存在状態ということだ。それには、情緒的な均衡状態に到達しなければならないが、まずは煩悩から自由でなければならない。体を考えて見れば病気がない時苦痛がなく、煩悩から自由である。気持ちもよくなる。心も同じだ。心は、怒り、嫉妬、貪欲、恐怖心、恐れなどの煩悩から自由な時に幸せを経験する。

それなら,それをどのようにして得ることができるのか。EQにかかっている。寓話を一つ聞いてみよう。一人の男が馬に乗って行く。パカパカ、パカパカ。誰かが「どこに行きますか?」と聞くと「わからない。なぜ私に聞くのか?馬に聞け」と答えた。話にもならないが、実際毎日経験するコメディだ。馬に乗った人はまさに考える心であり、馬は感性的な心を意味する。重要なのは心が煩悩に満ちていても、治めることはできるという点である。そんな能力がEQだ。

EQとは、科学的には自分と他人の気持ちや感情を理解し、それらの間を区分しその情報を自分の考えおよび行動の指針として利用できる能力と定義できるが、もっといい定義がある。情緒的知能に技術を合わせた状態ということだ。技術という点が重要であるが、技術は練習可能なものであり、EQも練習することができ、結局、幸福も訓練で得られるという話だ。

・EQも訓練で発展させることができる

グーグルではEQを訓練する。30~50時間程やればOK。脳は神経可塑性(という性質を持っている。考え行動し注意を傾ければ機能と構造が変わる。注意力訓練を通じて脳を変化させ、脳が幸せを求めるように訓練するもの。

第一に、注意力訓練はとても静かで明瞭な心の状態を自由に創出できる能力を育てることだ。それで希望するたびに心を落ち着かせる。特に危機状況で心を調節して落ち着くようにする。そうするとリーダーシップが備わる。例えば、危機状態に陥ったとき、みんなが恐怖に震えてどうすればいいか分からない状況で、たった一人だけ落ち着き明瞭さを維持することができるならば、全てが彼をリーダーとして支持するだろう。

「死の収容所」を書いた精神科医のヴィクトール・フランクルは、刺激と反応の間に空間があり、この空間を通じて反応を選択する自由と力が生じると説明した。空間を作ることができ、選択する自由と力を育てるなら、刺激に対する反応を統制することができる。

より強力な効果は、幸せに影響を及ぼすということだ。心が静かになり穏やかになれば幸福感が自然に発生する。瞑想の専門家であるアラン・ウォレスに聞いてみると、幸せが心の本来の基本状態であり、心を静かに落ち着かせれば初期の基本状態である幸福が訪れるものということ。
それではどうやって訓練するのか。簡単だ。心を満たす冥想だ。注意力を注入するわけだ。判断を排除した状態で意識的に今この瞬間に集中する。例えば、10秒の間に自分が息を吸って吐き出す過程だけに注意を払う。注意力が他の所に逃げたら再び呼吸を戻す。

体力鍛錬に置き換えてみるとダンベル運動を継続してやるのと同じ。最初は分からないが、継続していくと筋肉が生じて力が生じる。重い物を持ち上げて男友達の代わりにゴミを出して捨てることができる。またエネルギーが沸き、病気休暇を出す日が減って働ける時間が増え、生産性が高まって成功に一歩近づく。ただダンベルを上げたり下げたりしただけなのに、健康そして情緒的な安定さらに幸せへと連結する。注意力を取り戻す訓練もやはり同じだ。心という筋肉を育てることだ。心の筋肉が充満すればいつでも心を静かにすることができる。

・自分を観察せよ

これは第1段階に過ぎない。EQを育てる第2段階は、自己に対する知識だ。落ち着き明瞭な心を持てば、これを具体的に認識することができる。感情を動かす過程を高解像度で見られるようになり、煩悩を克服することができる。私たちは普通自分の感情がそのまま自分自身だと思う。腹が立つ、幸せだ、悲しいとき、怒り、幸せ、悲しみが存在そのものだと思ってしまう。感情と「私」の間に分離がない。したがってどうすることもできない。

ところで感情に対する認識が非常に鮮明になると、若干変化が生じる。認識する方法が存在的なことから経験的なものに変わる。「私は腹が立つ」ではなく、「私は体の中で怒りを経験している」と。ここに深奥な差がある。感情は我々の本質ではなく、私たちが感じているに過ぎず、単に生理的な現象に過ぎないという事実に目をつけることだ。

空を見ると、雲がある。ところで雲は空ではない。静かな心を持つなら、私の考えが私ではなくて、私は私の考えではないという事実を悟る。憂鬱なとき、私の考えが私でないと気づいたら態度が変わる。アイデンティティがそうだ。アイデンティティは苦痛の源泉だ。私は成功した人だ、失敗した人だ、人々は私を好み、嫌い…。このようなアイデンティティは問題と苦痛をもたらす。アイデンティティは全面的に心が作り出したのだ。心が作り出すことができなければ存在することができない。

ところで訓練が深まれば、心が静まってそれ以上アイデンティティを作り出す必要性を感じなくなる。アイデンティティを作り出さなければ自分自身を感知することができる。そして観察者になる。観察者にはアイデンティティがない。ただ経験を観察するだけだ。そしてその瞬間、悟りがある。

・精神的習慣を作れ

第3段階は、有用な精神的習慣を作ることだ。一つは親切だ。私は人を見る時初めて生ずる心が「この人が幸せならいいな」だ。なぜ?。ただ習慣である。そんな習慣を身につける時どんな事が生ずるか。すべてが変わる。習慣は性格になり、性格が人格になり、人格が自分となるからだ。親切という精神的な習慣を持つ時、親切な人格を持った人になるのだ。習慣はもちろん、訓練可能である。

「どのように?」たびたびすればよい。30回、50回繰り返せば、習慣になってそれがあなた自身になる。10秒間、皆様がこの部屋にいる誰でも二人を選んで見もせずにそのまま幸せになることを祈ってみてください。「感じるのか?」喜びがわいてくるはずだ。ほかの人の幸せを祈ると自分も幸せになるのだ。

それでは第二に、これをどのように推進できるのか? 3ヵ月前、講義をしながら聴衆に宿題を与えた。会社行って毎時間10秒間、ある二人を選んで幸せを祈ってくれと。言葉で直接言ったら照れくさいから思いだけ。そうしたら次の日メールが来た。聴衆の一人が実際にそのようにしたら、あれほど嫌いだった会社が好きになったと。親切は慈悲につながる。親切さが、他の人の幸せを祈うものなら、慈悲は苦痛から脱することを祈ってあげるものだ。慈悲は、幸せへと導く近道だ。

出典:朝鮮日報 http://premium.chosun.com/site/data/html_dir/2014/11/07/2014110703198.html?csmain

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treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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