天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

韓国、脱原発宣言

韓国は、文在寅(ムン・ヂェイン)大統領になってから、脱原発宣言という輝かしい歩みを始めた。

6月19日、文大統領は、釜山の機張郡(キヂャングン)というところにある古里(コリ)原発の
第1号機の永久停止記念行事に出席し、"原発新規建設計画を全面白紙化する"と語り、
脱原発時代を宣言した。
これと共に、新再生エネルギー産業を積極的に育成するという意志を改めて強調した。

これをうけて、20日のきょう、新再生エネルギー関連株が軒並み上昇している。
たとえば、20日午前9時14分現在、太陽光エネルギー会社・熊進エネルギー(7,010ウォン▲710 11.27%)は
6.34%(450ウォン)上がった7550ウォンで取引されている。
風力発電関連株シーエスのウインド(25,350ウォン▲1,150 4.75%)は、3.33%(850ウォン)上昇した1万6350ウォンで取引中だ。

これ以外にも太陽光企業であるシンソン・イ・エヌ・ジー(3,605ウォン▲50 1.41%)は6.23%、
太陽光モジュールを製造するエスエネルギー(8,450ウォン▲70 0.84%)が17.16%、
風力発電機の生産専門会社のコスダック会社ユニゾン(3,080ウォン▲270 9.61%)は12.63%急騰しているなど、
新再生エネルギー関連株があれもこれも上昇中だ。

脱原発をしてからの今後の具体的な歩みは、まだ明確ではない。
しかし今重要なことは、「まず」脱原発の宣言をすることである。

そういう意味では、新大統領は、確固たる脱原発の意志をもっているため、今後大きな期待ができるものと思われる。
日本は、この点でちょっと遅れをとってしまった格好だ。

しかし日本の各地で「さようなら原発」の運動が力強く行なわれている。
岐阜のブログ友の便りを見ても、活発になされているようだ。
草の根の人々に感謝の気持ちがふつふつと起こってくる次第だ。がんばれ、さよなら原発!、がんばれニッポン!。

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大統領就任の辞 _ 文在寅(ムン・ヂェイン)

5月9日の大統領選挙で当選した文在寅(ムン・ヂェイン)氏。
さっそく5月10日に就任の演説があった。長文ですが全文をご紹介します。

5月10日、午後12時、ソウルのヨウィド国会議事堂中央ホールで行われた第19代大統領、
文在寅(ムン・ヂェイン)氏の就任の辞全文。

尊敬し、愛する国民の皆様。ありがとうございます。
国民の皆様の偉大な選択に頭を垂れ深く感謝いたします。
私は本日、大韓民国19代大統領として新しい大韓民国に向かって第一歩を踏み出しました。
今私の両の肩は国民の皆様からの重大な使命感にずしりと重く、
私の胸は一度も経験しなかった国を作るという熱い情熱でいっぱいです。
今私の頭は統合と共存という新しい世界を切り開いていこうとする青写真に満ちています。

私たちが作っていこうとする新しい大韓民国は、多くの挫折と敗北にもかかわらず、
韓国の先達が一貫して追求した国です。
また、多くの犠牲と献身を土台とし、韓国の若者らがあれほどにも望んだ国です。
そのような大韓民国を作るために私は、歴史と国民の前に恐れおおくも謙虚な気持ちで
この大韓民国の第19代大統領としての責任と責務を全うすることをここに誓います。

ともに選挙を戦った候補らに感謝の言葉とともに慰労のことばを伝えたいです。
今回の選挙では勝者も敗者もありません。
私たちは新しい大韓民国を一緒に導いていかなければならないパートナーです。
今は、熾烈な競争の瞬間は過去のものとして共に手をとりあい、これから
前進しなければなりません。

尊敬する国民の皆様、この数ヵ月、私たちは、前例のない政治的激変期を経験しました。
政治は混乱したけれども国民は偉大でした。現職大統領の弾劾と拘束という事態に対しても
国民が大韓民国の将来を開いてくれました。
災い転じて福となすチャンスに昇華させ、新しい道を開きました。
韓国国民は挫折せず、むしろそれを跳ね返して成長のきっかけに昇華させ、ついに今日、
新たな世の中を開きました。大韓民国の偉大さは、国民の偉大さです。

そして今回の大統領選挙で、韓国国民たちはまた、別の歴史作ってくれました。
全国各地でまんべんなく支持をいただき新しい大統領を作っていただきました。
今日から私は国民皆の大統領になります。
私を支持しなかった国民一人一人も私の国民であり、大切にしたいと思います。
私はあえてお約束いたします。2017年5月10日、この日は真の国民統合が始まる日として
歴史に記録されることを。

尊敬し、愛する国民の皆さん、大変だった過ぎし歳月、国民はこれが国かと嘆きました。
大統領・文在寅(ムン・ヂェイン)は、まさにその質問から新たに始めます。
今日から国を国らしくする大統領になります。

旧時代の誤った慣行とは果敢に決別します。大統領から新しくなります。
まず権威的大統領文化を清算します。準備が終わり次第、今の青瓦台(大統領府)から
出てゆき光化門(グァンファムン)大統領時代を開きます。
参謀たちと頭と肩を突き合わせて討論します。
国民と頻繁に疎通する大統領になります。
主要事案は、大統領が直接マスコミにブリーフィングします。

退勤の途中には市場に立ち寄って、目にする市民たちと隔てのない対話をいたします。
時には光化門広場で大討論会を開きます。
大統領の帝王的権力を最大限分割しようと思います。
権力機関は政治から完全に独立させます。
そのいかなる権力機関も絶大な権力を行使しないように牽制装置を作ります。

低い姿勢で働きます。国民と目線を合わせる大統領になります。
安保危機も急いで解決します。朝鮮半島平和のために奔走します。
必要な場合、直ちにワシントンへ行きます。北京と東京にも行きます。
環境が整うならば、平壌(ピョンヤン)にも行きます。

朝鮮半島の平和定着のためなら私ができるすべての事をいたします。
韓米同盟はさらに強化します。一方でサード問題解決に向けて、
米国、中国と真剣に交渉します。

しっかりした安保は強力な国防力から始まります。自主国防力強化に向けて努力します。
北朝鮮核問題を解決する土台も整えます。
北東アジアに平和構造を定着させ、朝鮮半島の緊張緩和の契機とします。

分裂と葛藤の政治も変えます。保守と進歩の対立は必要です。
大統領が乗り出して直接対話します。
野党は国政運営のパートナーです。対話を定例化し、たびたび会います。

全国的にまんべんなく人事を登用します。能力と適材適所を人事の大原則とします。
私に対する支持の可否と関係なく、有能な人材を「三顧の礼」をもって登用したいと考えます。

国の内外において経済が厳しい状況です。国民生活も大変です。
選挙の過程で約束したように、何よりも真っ先に雇用創出に着手します。
同時に財閥改革にも取り組みます。
文在寅政権のもとでは政経癒着という単語が完全に消えるのです。

地域や階層および世代間葛藤を解消し、非正規雇用の問題も解決の道を模索します。
差別のない世の中を作ります。
重ねて申し上げます。文在寅と「共に民主党」政府においては、機会は平等です、
過程は公正です、結果は正義に満ちることでしょう。

尊敬する国民の皆様、今回の大統領選挙は前任大統領の弾劾が契機となっています。
不幸な大統領の歴史が続いています。
今回の選挙を機に、この不幸な歴史は終結しなければなりません。

私は大韓民国の大統領の新しい模範となります。
国民と歴史が評価する成功した大統領になるため最善を尽くします。
そうすることで支持やご声援に応えたいと思います。

きれいな大統領になります。手ぶらで就任し、手ぶらで退任する大統領になります。
後日、故郷に戻って平凡な市民となって隣人と気さくに話し合える大統領になります。
国民の皆様の誇りとして残ります。

約束を守る率直な大統領になります。選挙の過程で私がした約束を几帳面にチェックします。
大統領から信頼される政治を率先してこそ、本当の政治発展が可能です。
不可能なことをするとは豪語しません。
間違ったことはまちがっていたと申し上げます。
偽りで不利な世論を覆うようなことはいたしません。公正な大統領になります。

特権と反則のない世の中を作ります。常識通りにすれば利得を得る世の中を作ります。
隣人の痛みを無視しません。
疎外された国民がないよういつも気配りするつもりです。

国民の悲しい涙を拭いてあげることのできる大統領になります。疎通する大統領になります。
腰の低い人、謙遜した権力となり、最も強力な国を作ります。
君臨して統治する大統領ではなく、対話し、疎通する大統領になります。

光化門時代の大統領となって国民と近いところにおります。
暖かい大統領、友達のような大統領になります。
愛し尊敬する国民の皆様、2017年5月10日、今日大韓民国が再始動しました。
国を国らしくする大事業が開始されます。この道に同行してください。
我が身命を賭して働きます。ありがとうございます。

以上、朝鮮日報にあったものを翻訳したものである。

バク・クネ氏が大統領に就任したときにも、称賛のことばが多かったけど
5年後の今、ソウル拘置所で裁判を待つ身となっている。
文在寅氏が5年後どういう姿でいるかは誰にもわからない。
日本との関係においても内政の不備や失敗を反日作業に向けるようなことは
しないでほしいところだ。バククネ氏が築いてきた成果は、そのまま生かしていってほしい。

話し合うことが信条の人のようだ。
今日も、文在寅という人は昔から、捨て猫や捨て犬などを自分の家につれてきては
精誠を込めてめんどうみるようなそういうやさしい面があるといった放送が一日中流れていた。
根っからやさしい人柄のようだ。
人間が優しいからといって国際関係が円満にやれるというものでもないけど、期待したい。

金正男

北朝鮮の金正男が13日、テロに遭い死亡した。
金日成、金正日、ときて第三代目が今の金正恩(キム・ヂョンウン)であるが、
本来なら金正男が跡取りとなっているはずだった。
金正男が第三代目となっていたら、またちがった「北の形」になっていたであろうが、
それは勿論夢物語だ。

マレーシアはクアラルンプール。この空港の中で変にあった。
2001年頃、弟の金正恩によって第三代目の座を奪われたあとは、
叔父にあたる張成沢(ヂャン・ソンテク)が面倒をみていたらしいが、
この人も2013年にバズーカ砲のようなもので処刑されてしまった。
そのあとは、中国政府が金正男のめんどうをみていたらしいが、
この日は、警護はついていなかったようだ。
暗殺の危険性は常時あったはずであるが、なぜ金正男は一人で行動をしていたのであろうか。

北朝鮮の三代にわたる世襲制に対しても「反対だ」とはっきり言っていた人だ。
常に死と隣り合わせで暮していたわけだが、
このテロにより、永遠の世界へと旅立った。

金正男の息子と娘がいるのだが、彼らの行方も今現在わかっていないという。
おそらくどこかにひっそりと暮しているのであろうが、心配であることは心配である。

金正男は、金正恩に首領の座を奪われてからは、
「おれはなんとも思っていないよ」と語っていた。あの座に執着はないと。
だから正恩としても、正男を殺す必要はないのであるが、結果的にこうなってしまった。

実は、生い立ちの点で正男のほうがより「正統」なのだ。
長男であること、そして生母が正男のほうは純粋な朝鮮の人であるが、
正恩のほうは在日僑胞である点、この2点。
(朝鮮血統は白頭血統(ペクトゥ ヒョルトン)、日本血統は富士山血統(フジサン ヒョルトン)と言ったりする。)
この2点のせいで、正恩としては常に目の上のたんこぶ的存在だったのである。
できればいないでいてほしい、というのが現首領様の本音というわけだ。

これまで何度も正男暗殺が試みられてきたらしいが、すべて失敗していたようだ。
5回くらいは決定的な瞬間があったらしい。
どことなく人間的で親しみのもてた正男が暗殺されてしまい、
身内でもなんでもないんだけど、かなり悲しい思いがわが身を取り巻いている。

冥福を祈るばかりだ。。安らかに眠り給え。

韓国激震

本ブログは、なるべく政治的なことは書かないというコンセプトでやっている。
しかし今回は、慶州地震ならぬ「韓国激震」ということでアップする。
大統領「バク・クネ」地震ともいえる激震が韓国全土をおおっている。
毎週毎週、週末に100万、200万単位の市民デモが繰り広げられている。

こんなことは、筆者が韓国に来た1988年以来、はじめてのことである。
この「まじめ」な大統領が、なんでこんなことになってしまったのか。
ただただ驚くばかりである。

彼女(バク・クネ 朴槿惠)は、大統領になったとき、
自分には欲というものはない、ただ「大韓民国」と結婚した女だ、と語った。
その気持ちは今も同じだと思う。
彼女にはこれまでの大統領のように
何億、何十億、何千億と掠め取ってやろうなどというセコイ欲はない。
「大韓民国」を夫として仕えようという意志でもってこれまでやってきたと思う。
それは確かなのだが、一人の女のためにすべてを失おうとしている。

昔の記事をちょっと見てみよう。(別ブロ)。
バククネが大統領に就任した2013年2月当時は、
第18代大統領として彼女は「はじめての」が、6つも付く栄光に輝いている。
1.はじめての女性大統領。
2.はじめての独身大統領。
3.はじめての父娘大統領。
4.はじめての過半数得票の大統領。
5.はじめての理工系出身の大統領。
6.はじめてジンクスを破った大統領。
 (投票率が高いと野党に有利であるというジンクスをやぶり、75.8%という高い投票率にもかかわらず与党の彼女が当選した。)

といった記事を別のブログに書いている。
就任当時は、彼女にはかなり好意的だった。(ブログ筆者は。)

♦また、2013年2月25日のブログ(別ブロ)には 「大統領の就任式」と題して、
バク・クネ大統領の就任式の2013年2月25日には、ヨウィドの韓国・国会議事堂の広場で
就任式が開かれカンナムスタイルでおなじみの歌手「サイ」も参席してお祝いのムードを盛り上げた。
参席者は全部で6万人ほど。韓国人、外国人がだいたい半々ぐらい。
著名外国人としては、メルケルドイツ総理やタイの総理「インラク チナワット」なども来賓として出席した。
バク・クネ氏の人選は、すばらしいという評価は下されていない模様だ。
難航していて、どうもイマイチ ばしっといかないので、もどかしく感じている人も多いようだ。

といったことを筆者は書いている。
2013年、大統領就任当時は、このように筆者もかなり好意的だったのだ。
しかし、今、どうだ。

      バク・クネ、すぐに下野しろ。

の200万単位のデモだ。このように落ちぶれてしまうとは、誰が予想したろうか。

過去記事の就任式に関するブログでちょっと目がいくのは、
「バク・クネ氏の人選は、すばらしいという評価は下されていない。
難航していて、どうもイマイチ ばしっといかないので、もどかしく感じている人も多いようだ。」
と書いてある点だ。

いまから思えば、このときすでにバク・クネは、
あのチェ・スンシル(崔順實)のアドバイスを受けていたものと思われる。
バク・クネの人選は、最初のころからみんなが「えー???」と思うようなものばかりだった。
人の話を聞かないで、自分ひとりで決めてしまう、といった「批判」が多かったものだが、
それは、陰でチェ・スンシルの話だけを聞いていて、
国務総理の話や野党らの助言などにまったく耳を傾けない性向の表れであったのだ。

韓国激震のいちばんの本質は、
バク・クネという女性が、大統領という最も公人であるべき立場にありながら
私的な「親友」かなんか知らんけど、一私人にかしずき、
そういう一私人のアドバイスを頼りに国政を行っていた、というこの一点であると筆者は考える。

21世紀は確かに女性の時代であると思うのだが、
政治の面においては、(あるいは全ての面においてもそうかもしれないが)
女性だからなんでもOKというわけにはいかない、ということなのであろう。
血なまぐさい「男の論理」よりは、
ぽにゃぽにゃと柔らかい「女の論理」が重視されていくべきであることにはかわりないけど、
女が頭に立つとき、こういう事態も起こりうるものだという
非常に強烈な「反面教師」の役割を
バク・クネは演じてくれたものと思う。

きょう12月6日(火)、国会聴聞会があって、韓国の9個の大企業の総帥らが
国会に来て聴聞会を行うことになっている。
今午後3時だが、すでに行われているのだろう。
どのような回答がなされるのか、
全国民、注視だ。

赤秋

今日は、韓国の「教育新聞」という新聞に載っていたエッセイを翻訳してお送りします。
「赤秋」(せきしゅう)ということばは、筆者は知りませんでした。
やはり日本の書籍を200冊以上も翻訳してきている翻訳の大家だけのことはありますね。



「赤秋」

 かなり長い間、日本の書物を韓国語に翻訳してきたのだが、先月、とうとう最後の翻訳作業を終えた。これまでの仕事を振り返ったことはないが、おそらく200冊はゆうに越えているものと思われる。調べたことはないけれど、たぶん私がこの韓国では一番老いぼれの翻訳作家だと思う。そんな関係もあってかときどき聞かれることがある。「日本語の中で一番好きな表現は何ですか?」。私は躊躇なく答える。赤秋(せきしゅう)っていうことばだけど聞いたことある?って。日本語が朝鮮半島から渡っていったということは多くの人々が知っているけれど、「赤秋」ということばは韓国語にはない。ことばそのまま「赤い秋」という意味だ。何がそんなに赤いといういうのか。紅葉だろうか。あるいは夕日がしばし立ち止まる広大な草原だろうか。

 「赤秋」ということばは、日本では高齢者の青春という比喩で用いられている。物質と出世という世の束縛から逃れ、これからは自分の好きなことを自分勝手にやれるという自由を手にしたということなのである。

 老年期に差しかかった人なら誰でも共感する話だ。青春が青い春の日だとすれば、赤秋は赤い秋だ。春夏秋冬の四季の中で春と秋は対称をなしている。満開の夏を準備する春が青春とするならば、もう一度土に返る冬を準備する時期が秋、すなわち赤秋だ。冬が残っているからまだ終りではなく、それに結実の時でもある。豊かで美しい紅葉はおまけだ。

 荒涼とした秋風がもの悲しく吹いても、華やかだった春の日と暑い夏が過ぎ去ったのだからよく見ればこれもまた休息にもなろう。秋は確かに冷たい季節だが、豊かな収穫の時でもある。仮に炭疽病が流行って苦労した代価をもらえないとしても、私が流した汗の証拠として秕(しいな)と鳴子百合(なるこゆり)が残っている。秕も捨てずに大地においておけば肥やしになるしそこから新しい生命が生まれてくる。虚無であるはずはない。

 アカデミーで2回も主演女優賞をもらったジェーン・フォンダの老年は、社会運動家としてさらに大いなる名声をとどろかせた。彼女は老後を自分自身を取り戻す時期と定義した。幼少年期および成年期に続く人生の第三幕というわけだ。三幕の舞台で繰り広げられる演技は過去との和解だ。自分がなんで今の自分になったのかという棋譜の並べ返し作業だ。今まで生きてきながら数多くの事件と記憶が積み重なっている。間違っていた過去もあるしうまくいったこともある。それらが集まって今の自分ができている。したがって今の自分をばかにしてはいけない。だめなやつだと思うのもよくない。全てが終わったと思うのはもっとよくない。

 今年で86歳。今こそ私の人生で最も特別の時期じゃないだろうかと思う。今が一番幸せだし今が一番楽しいし今が一番自由であると自分自身がそう信じ、そう言い、そのように行動している。それでこそ今後もそうなるだろうこと間違いないので、私は誰よりも「熱い秋」を送ろうと計画中なのである。

  出典:    教育新聞2016年10月10日号。김욱(작가/컬럼니스트) <여든여섯, ‘붉은 가을’을 고대하며>  より

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プロフィール

treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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