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天安からアンニョン

日々の思いや韓流情報などをエッセイ風に書きます。韓国からの発信です。

文在寅 ヂョ・クク氏を任命

 八月中旬ごろからはじまったヂョクク(曹国)事態は、今現在も毎日トップニュースだ。
日本でもかなり報道されたようなので、この人の容貌とか性格などについては皆さんのほうがもう筆者よりも詳しいかもしれない。
韓国の役人はハンサムだね、なんていう声が日本のおばさん連中からあがっているという話もこちらでは聞こえている。
ヂョクク(曹国)氏は現在、韓国の法務部の長官(日本で言えば法務相)に任命されることを待つ立場。
大統領が任命すれば彼が法務相(法務大臣)となる。
本来は9月6日ごろに任命の予定だったのだけれど、いまのこの騒ぎ。さすがに文大統領も様子を見ている感じだ。
娘の論文問題からはじまり、奨学金の不正受給、ある大学からの偽造表彰状問題、ファンド投資問題などなど。
ヂョクク(曹国)自身は(多くの問題で)直接の関与はないのかもしれないが、
それは法を知り尽くした者の方便のようにも筆者には思われる。
何も知らなかった。
この一言ですべての問題を乗り切るつもりのようだ。
とくにきのう、きょうのニュースは、
韓国にある東洋大学(ドンヤンデ)の総長賞を、同大学に勤めているヂョクク(曹国)氏の奥さんであるジョンギョンシムという教授が
娘のために偽造して総長のハンコも押して総長賞を授与されたことになっている問題。
東洋大の総長であるチェ・ソンヘ総長は、そんな賞は出した覚えはないとはっきり言っている。
9月4日に、ヂョクク(曹国)の妻であるジョン・ギョンシム教授が電話で言ってきたという。
「総長賞の授与は、自分(ジョン・ギョンシム)に委任したと言ってください」
こういう証言をしてほしいと電話で言ってきたというのだ。
そうすれば、すべてがうまくいくと。
電話はすぐに夫のヂョ・クク氏がかわってでてきて、あれこれいろいろと言ってきたという。
今朝の朝鮮日報の報道によると、電話でかわってでてきたヂョ・クク氏が
「(総長賞を)委任したという報道資料を作成してほしい。頼む」
と言ってきた。
実は、東洋大の総長であるチェ・ソンヘ氏とヂョ・クク家族とは、何回か食事もしたことのある関係だったようだ。
ある共通の友人を通して知り合い、ヂョ・ククと妻のジョン・ギョンシムと娘との4人で食事をしたことがあるということ。
だから娘のこともよく知っていたわけだ。
ヂョ・クク氏は、最後に
「わたしたちの娘もよくご存知じゃないですか。娘のためにも、報道資料の作成、お願いします」
と言ってきたのだ。
これにはチェ総長も心が動かされて夜は一睡もできなかったという。
ヂョ・クク氏夫妻の娘は、チェ総長から見てもほんとうに優しくてきれいなのだ。
しかしいくら心が動かされたといっても、嘘の頼みを聞き入れるわけにはいかない。
少なくとも総長も教育者だ。嘘を強要されてそのままうんと言ってしまったのでは、学生たちをどんな顔で教えていくのか。
嘘の証言はしないことに腹を決める。
ヂョクク(曹国)事態が東洋大にまで飛び火し、きのう、今日は前述の通り表彰状の偽造が核心争点になってしまっている。
チェ総長自身もこれには驚いている。
「全く予想できなかった。検察が強制捜索する前、連絡が取れなかったジョン・ギョンシム教授から電話がかかってきた。 
私(チェ総長)が「状況が複雑になっていて授業をどうするのか」と尋ねると、
「一週間の休講をして、補強計画書を出した」とジョン・ギョンシム教授が答えた。 
そして、「私(ジョン・ギョンシム教授)がウンドン(熊東)学院の理事を務めていた時、検察が資料を要求したが一つも提出しなかった。そうしても何の問題もなかった。だから検察から要求があっても学校にある私(ジョン・ギョンシム教授)に関する書類を提出しないでほしい。提出したら総長にとっても不利になることもある」と言った。これはひどく不愉快だった、とチェ総長は振り返る。
チェ総長は、ヂョ・クク夫妻の娘の表彰状は100%偽造だと確信している。
検察で参考人調査を受ける時、表彰状のコピーを見た。
もっともらしいが、賞状の一連番号が異なり、これまでそのような様式の表彰状が発給されたことはなかった。 
ジョン・ギョンシム教授が純粋に自分の娘のスペックのために操作した表彰状だ、という確信はゆるがない。
東洋大関連はこのへんまでにして、
ここで簡単に紹介しておきたいのが、現在の検察庁総長(検察庁長官に相当)になっているユン・ソンヨル(尹錫悅)という人物。
文大統領の任命を受けて、つい最近、検察庁総長になったばかり。
この人が、文在寅(ムン・ジェイン)の腹心の中の腹心であるヂョ・ククの強制捜査にゴーサインを出したのだ。
文在寅から任命を受けて検察総長になったのだ。
普通だったら、文在寅よりの動きをするわけだけれど、
この人、ユン・ソンヨル(尹錫悅)さんはちがう。
「いかなる個人に忠誠を誓うのではなく、正義に忠誠をちかうものだ」
と彼は任命をうけたときから持論のごとくに言ってきた人だ。
今回も、ヂョ・ククを検察捜査にかけるという破天荒ともいえるような動きに出た。
多くの国民はみな拍手。
ヂョ・クク支持者からはブーイング。
それもそのはず。
ヂョ・ククは、今回法務大臣になって、数年後には大統領になろうという野望をもっている人物。
こんなやつには、ある程度おべっか的に適当に捜査してお茶を濁しておいて、
あとで「だからあたしには検察総長としての任期の保障とかそういうものをください」
っていう図式がよく描かれるわけだけれど、
ユン・ソンヨル(尹錫悅)検察総長はちがうのだ。
どこまでヂョ・クク事態を暴けるか。
ユン・ソンヨルさんの意志一つにかかっている。
こういう正義漢がいる韓国。まだまだ捨てたものではない。がんばれユン・ソンヨル!
と、ここまで書いていたら、9月9日午前11時半ごろ、ニュース特報がはいり、
文大統領がこのヂョ・クク氏を含む6人をそのまま任命したということ。
これにはちょっとオドロキだけれど、とにかく文氏は腹心のヂョ・クク氏をそのまま法務相として任命した。
かなりの反発が予想される。大学生らのデモも活発化するかもしれない。
この政権の最大の峠となるかもしれない。
どちらにしてもヂョ・クク氏が法務大臣になることで、日本との関係はさらに悪化することは間違いない。
検察の取調べが山と積まれている状態での任命。この危機を文政権は乗り切ることができるのだろうか。
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最悪の日韓関係の底で日本語が一番人気。

 韓国に国立外交院という組織がある。
1963年に創設された外務公務員の教育・訓練を目的とする「外務公務員教育院」が母体となっている。
さらに外交人材の養成および国家の中長期外交政策研究や開発もまかなえるように2012年から「国立外交院」という名に改め現在に至っている。
以下は朝鮮日報にあった内容である。

今年の夏、国立外交院が外交官らの申請を受けて開設した「第2外国語講義」のうち、
日本語の講義が一番人気が高いことが分かった。 
日韓両国の関係が最悪のような状態に陥っているけれど、日本語を勉強しようとする外交官がむしろ増えるという珍しい現象が見られている。不思議だ。

8月25日の国立外交院の発表にによると、
今年の夏(6~8月)、第2外国語の講義を申請して授業を聞く外交部の職員は約150人。 
20代の事務官から50代の局長級まですべて無料で授業を聞いているわけだけれど、
全体の約30%にあたる40人余りが日本語の受講生という。

外交院関係者が言うには、「通常、中国語やスペイン語の受講申請が多かったが、日本語申請者が大きく増えた」という。
毎年多少の偏差はあるものの、東日本大震災につづき福島原発の爆発事故の後、
日本勤務を嫌っていた雰囲気もなくはなかったけれども、このような現象が起きてとても特異な現象だということだ。

具体的に受講生に聞いてみた。
韓国外務省書記官のAさんは「日本は特に韓国と近くて時差がないうえ、食べ物、住居、医療など生活条件もよい」とし
「対日外交は難しい昨今だけれど、業務以外の生活も重要」と語る。 
30代の外交官B氏は「さらに遠い未来を眺め、趣味・旅行などのために、日本語を学ぶ若い職員が少なくない」と述べる。

日本語の一番人気に続き、中国語(30人)、スペイン語・フランス語(各20人余り)、アラブ語(10人余り)などが次に続いており、
ドイツ語とロシア語の受講生は一桁にとどまっているもよう。 

外交院関係者は 
「スペイン語は通常、中南米公館勤務を希望する行政職の職員からの受講申請が多く、アラビア語は今回、関連部署(中東)の職員が集中申請した」と述べた。

国立外交院は今年初めて、夏の講習(6~8月)を正規学期にいれて開設して運営している。 
昨年、姜京華(カン・ギョンファ)外交部長官が、外交官たちの外国語能力を強化せよとの指示が出て以来、強化されているようだ。

韓国という国は、総論は日本嫌いだけれど、各論は日本好き、という以前書いた文章が真実であることを、改めて思った次第だ。(筆者の感想)。

親日派とチンイルパ

 きのうのお昼、筆者の住む忠清南道・天安市にある梨花フェニックス病院の理事長(経営者)である
ハン・ジュヒさんという方と昼ごはんを共にした。ハンさんは、60代後半くらいの男性である。
大手企業の会社員勤めをしたあとで退職してから病院の経営をはじめた人である。本人は医者ではない。
日本では病院の理事長といえばたいていは本人も医者である場合が多いかもしれないが、
韓国ではそうでないケースもけっこうある。
東京に位置するある病院と姉妹血縁の関係を結んでいて、
最近その病院を見学してきていろいろのアイディアを得たという。
筆者はハンさんと東京の病院との姉妹血縁を結ぶときの橋渡しをしただけである。
見学の際、病院の方々から手厚いおもてなしを受けたみたいで、
あまりにも感謝の気持ちが大きかったゆえ、
誰かとその気持ちを分かち合いたいということで筆者に連絡がきたのであった。
食事をしながら現在の日韓関係、会社員時代の話、病院見学時の話、1代目の大統領から現在までの大統領の話などなど、
話題は次から次へと尽きなかった。
そんな話の中から、読者の方々にもおもしろそうだと思えるようなことを書いて見たい。
まずは孫の話。
東京で仕事(見学、会議)をする前に、大阪に行った。孫をつれて。
ハンさんは自分の子どもたちをアメリカで数年育て、中国でも2年過ごしたという。
アメリカ駐在員や中国駐在員をやったからである。
出張なら、ドイツ、イギリス、オランダ、シンガポール、ベトナムなど、
世界の主な国はだいたい行っているというほど、あちこち足を運んでいる。
世界のいろんな国を知ってそのうえで、孫の教育はなんと日本で受けさせたいと考えている。
孫の親(つまり自分の息子・嫁さん)の了解は勿論得ている。
なぜ日本なのか。特に今のこの最悪の日韓関係のときに。
誰でもそう聞く。筆者も聞いた。そのたびに彼はこう答えているという。
「ノーベル賞をバンバン取っている日本という国でひとつ教育を受けたら
なんであんなにノーベル賞が取れているのか、すこしでもわかるのではないか」と。
日本の教育のせいでノーベル賞が輩出しているのではないような気もするのであるが、
京都大の理系あたりで教育をうければ、あるいは何かがちがっているのかもしれないな、
なんていう気もするので、あながちこのハンさんの考えが理不尽だとは思わないし、
是非日本で教育を受けてノーベル賞をとってほしいと筆者はまじめに思っているのだけれど、
お孫さんはまだ小学入学前。
大阪で、小学校の入学についてあちこち出向いて行ってかけあってみたけれど、
小学校はちょっと難しいということがわかったという。
親でも誰でもいいけど保護者がいっしょに住むということが条件になっているみたいなのだ。
中学、高校からなら条件がもすこしソフトになるので、中高からかな、といっていた。
(この部分、筆者にもよくはわからない。確認したわけでもないので右から左と読んでいただきたい。)
お孫さんの話からわかるように、この方は完全に親日派である。
親日派は韓国語の発音ではチンイルパとなる。
「わたしは、チンイルパです」
とはっきりと言う。
親日派。日本の人が見れば「あ、そう、日本が好きなんだね」という軽い気持ちでこの漢字語を読むはずだ。
ところでこちら韓国では「チンイルパ」という語は、タブー中のタブーなのである。
禁句中の禁句なのだ。
知人友人ら数人の前でだったら「ナヌン チンイルパヤ(オレは親日派だ)」ということはあるいは
ありうるかもしれない。
しかし、大学の教室とか会社の会議室あるいは市民がおおぜい集まっている場でそんなことを言ったら
半殺しに遭うかもしれない。それほど、危うい語なのである。(半殺しというのはやや誇張である。)
日本の植民地の時代(1945年までのだいたい40年くらいの間)に、独立運動をやるのか、チンイルパでやるのかが
韓国では一人の人間の生き方においての一大岐路だったからだ。
チンイル(親日)でやっていくということは、その当時はほとんど同胞を裏切って金や利益のために
日本に身も心も売ってしまったという烙印を押されるようなものだったからだ。
その伝統が今でも色濃く残っているため、チンイルパという語は無条件で嫌われる語になっている。
そのチンイルパという語を、ハンさんは口に出して言うのだ。
もちろん聞いているのは筆者一人だからなんの問題もないのだけれど。
ところで、彼の言うチンイルパというのは、
優れているものは優れているものとして素直に学ぶべきであるし、
進んでいることがあれば、それを習い、教えてもらうべきである。
悪いものは悪いけれど、よきことはいいのである。たとえそれが日本のものであったとしても。
ミソもくそもみんないっしょくたにして、日本否定、日本製品不買と叫ぶ韓国の同胞らが
ちょっとおかしいと感じている。
今回の安部氏のやり方には、さすがのハンさんもあれはちょっとやりすぎじゃない、
という気持ちがあるけれども、だからといってデモを先導して日本否定にやっきとなっている人々にも
納得がいかないという気持ちを強くもっている。
だから筆者とも非常にウマが合って、2時間3時間の昼飯があっという間に過ぎてしまった。
ほかにもいろいろの話があるのだが、今回の文章はこれくらいにしようかと思う。
ハンさんのような人がこちら韓国にどれくらいいるだろうか。
筆者の完全な独断と偏見なんだけれど、おそらく20から30パーセントは下らないと考えている。
日本否定の同胞たちをおかしい、こりゃちがう、と考えている韓国の人は結構多いのだ。
このことを日本の方々にはぜひ忘れないでいただきたい。
安部氏は今完全に感情的になっている。あんなヒステリックな仕打ちをなんでやってしまったのか。
弱いものいじめのようなことをやってはならない。ニッポンの武士道が泣いている。
聖なる国日本の恥になるようなことをやらないでほしい。
日本に泥を塗るようなことはやらないでほしい。
あ、ところで『聖なる国日本』という本が存在するのをご存知だろうか。
エハン・デラヴィというイギリスの人が書いた本である。
韓国漬けになっている今日この頃、第三国の方が書いた日本論、ご一読を強くお勧めいたします。

皆さん、ご署名、おねがいします。

 きょう、わたしの尊敬するわが故郷の元大学教授の方より
下にご紹介するメールが届きました。


ご無沙汰してます。
近頃の日韓関係に心を痛めております。
日本人はもっと謙虚でなければなりません。
内田雅敏弁護士から下記の署名・拡散の依頼がきております。
よろしかったらご協力ください。
http://peace3appeal.jimdo.com/


このブログをご覧いただいている皆様、
上のブログ(http://peace3appeal.jimdo.com/)に入っていただいて、
ご署名いただければとてもうれしく思います。
今、日本と韓国はとても厳しい局面にぶつかっております。
このサイトにある声明文をご一読いただき、
賛同されるおりには、ご署名のほどお願い申し上げます。
2013年からブログ活動をやっておりますが、
今回のような意味のある内容をアップできることはうれしくもあり誇りでもあります。
遊びの中にもこういう意味あるブログ活動ができるということに
ささやかな喜びを感じます。
どうか心ある皆様、上記サイトに是非入っていただき、内容をお読みいただければ幸いに存じます。
恥ずかしくない日本をつくってゆくために、
一人ひとり与えられた環境におきまして、
できうることをやっていっていただければこれに勝る喜びはありません。
よろしくお願い申し上げます。

韓国が先に譲歩しなければならない。

 前回(7月10日号)では、「徴用工裁判は日本の最高裁の判断が基礎になっている」というタイトルのもと、
国と国とでは請求権の問題は解決されているが、個人的には請求権が残っているから個人で解決するようにという
日本の最高裁の判決があるという内容をご紹介した。
今回は、これと180度ちがった内容である。
いろいろの立場があるということである。それだけこの問題は微妙、ということであろう。
今回ご紹介する内容は、韓国、中央日報に載っていたもので、
梁三承(ヤン・サムスン)という法曹人とのインタビュー記事である。
以下の内容は、この梁三承さんの述べた話をもとに筆者の文章でお届けする。
この人は、2005年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府が作った「韓日会談文書公開の後続対策関連の官民共同委員会(以下、官民共同委員会)」の
共同代表を勤めたひとである。共同代表のもう一人というのは、現在韓国与党・トブロ民主党の代表をしている李海瓚(イ・ヘチャン)氏である。
2005年、「官民共同委員会」が、「個人の請求権は1965年、韓日請求権協定に反映された」つまり個人の請求権はすでに解決済みという発表をした。
この発表に対して、2012年5月、韓国の大法院(最高裁判所)がこれを覆す判決をし、2018年10月にさらに大法院がこれを確定する判決を出すや、
2019年7月1日、日本政府は韓国に対する一部品目の輸出規制策を出した。
梁三承さんは、「大法院の判決は尊重すべきだ」としながらも
「日本企業の財産差し押さえに走っては困る。韓国政府は早急に日本政府と会って外交的に解決しなければならない」と強調する。 
梁三承さんの基本的なスタンスは、1965年の韓日請求権協定に関して、賠償問題は解決済みという考え。
ただし、1965年の韓日請求権協定では、日本軍慰安婦、サハリン朝鮮人、朝鮮人原爆被害者問題の3つの項目は除外されていて、
これが問題をこじらす元凶になっているのではないかということ。
ただし同協定に対して法律的・合理的にアプローチするならば、1965年協定当時、強制動員された人たちの私的請求権まで解決されたと見るのが
正しいというのが支配的な考えだったという。2005年の決定当時、委員会内で葛藤はほとんどなかった。異見や論争もあまりなかった。
梁三承さんはその後も、強制徴用などの問題に関して関心を持ち続け、
2010年12月、日本弁護士連合会ととともに韓日政府の日本植民地支配期の被害問題の解決を促す共同宣言を発表したりもした。
そうしたなか、韓日両国政府と企業が共同で基金を作ろうといういわゆる「2+2」解決策を提案したこともある。 
「2+2」というのは、日本政府+日本企業(2)、韓国政府+韓国企業(2)の「2+2」である。
今は、「1+1+α(韓国政府)」というアイディアもある。これは日本企業(1)、韓国企業(1)、それに韓国政府(α)の「1+1+α」である。
でもこの案は、今の日本政府に届きそうにない。後々、両国関係が好転した時に提示できるだろうということ。
この難問の解決は、外交と国内問題のツートラックで解かなければならないと梁三承さんは考えている。
1960年代のキューバミサイル危機をみてみよう。 
当時アメリカとソ連がただちに核戦争でも起こるかのように一触即発の状況だった。
その一方でケネディ大統領は水面下で自分の弟をソ連に送りソ連と交渉させた。
ソ連からキューバミサイル基地撤収の約束を得るや、米国はトルコのミサイル基地を撤収させた。外交とはそういうものだ。
今度は我々韓国が先に譲歩しなければならない。
韓国が10の損をして日本は5程度損をした後、受け入れられれば、次は韓国が5の損をして日本が10損するというように。 
お互いに気持ちを和らげながら、一段階一段階解いていかなければならない。 
内部的には韓国政府が被害者を尋ねて十分に補償しなければならない。 
被害者らは「金がほしいのではなく日本の謝罪がほしいだけだ」としながらも、
大法院の判決を土台として強制執行に乗り出そうとするだろう。(すでにそうやっているけれども)
そのときは、韓国政府は、
「皆さんの気持ちはわかる。本当にすまない。私たちも謝罪してもらいたい。
しかし現実的に難しい部分も理解してくれ。私たちがまず最初に補償するからこれで気持ちを落ち着けてくれ。
我々が必ず日本政府を説得し解決していく」となだめるべきだ。
そのように国内問題を解決していけば、日本も韓国側の誠意を見て努力するだろう。その道しかない。
韓国政府は最近「義兵」だの「チュクチャンガ(竹槍歌)」などの単語を用いながら
反日、抗日に乗り出すことを促しているが、これは非常に遺憾だ。
下手中の下手、最も低級だ。一部の国民は痛快だろうが、国政運営では一番低劣なやりかただ。
そんな方向で押し進めては実効もない。 
韓国の中で日本商品不買運動が広がっているが、これもいいとは言えない。
気分は晴れるかもしれないが、実際に日本に及ぼす経済的打撃は微々たるものだ。
韓国で日本ビールを飲まずユニクロで買わなかったら、本当に日本経済が苦しくなるだろうか。 
反対に日本から同じ方法でやられれば、韓国が受けるダメージ(不利益と損害)の方がはるかに大きい。 
強気だけの姿勢は、韓国にとってはいい結果をもたらさない。
韓国が先に譲歩しなければならない。梁三承さんはそう考えている。
鬼の首でも取ったように日本製品不買、不買と叫んでいる人々の陰には
こういう落ち着いた考えをもつ韓国の人もいるということを、日本の我々は忘れてはならない。
 
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プロフィール

treenamu

Author:treenamu
韓国在住の日本人で、山歩きやサッカー、リフティングなどが好きです。小説・随筆なども書いてます。鴨長明、ヘッセ、バルザック、モーム、チャンドラーなどが好きです。スローライフがモットーです。

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